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『リアル ~完全なる首長竜の日~』 その罪は怪物となって意識下を苛む - 1953ColdSummer

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『リアル ~完全なる首長竜の日~』 その罪は怪物となって意識下を苛む


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リアル ~完全なる首長竜の日~
2013/日本/G 監督:黒沢清 出演:佐藤健/綾瀬はるか/他 原作:乾緑郎 『完全なる首長竜の日』


 山菜蕎麦をばちゅるちゅる手繰りつつあると、たまに現実離れをしたような気分になって、その乖離の内に「南イタリアのヨアキムという人は~~」と、水木しげるの貸本でしか知らないような千年王国説を一節打ちたくなったりするのだけども、こう、自我と現実が乖離するのは何も蕎麦を食っている時だけ、というわけでもなく、幽体離脱をしたら眠っている自分が見えた、だとか、トイレで用を足したる後、紙が無いのに気付いた時であるとか、現実と超現実の境があやふやになる事例というのは割とたくさんあって、他人が豚にしか見えなくなった時はどうしようかと困ったものじゃよ。

 黒沢清という監督は、そうした超現実/非現実感を描くに安易な宥和を図らぬ人と見えて、廃墟や曇天(水)といったモチーフを用い、不吉な赤色を象徴的に見せる、という作家としての印象が先行し勝ちなものの、その本懐はある種の昏冥への憧憬にあるのではなかろうか、と、くりくり思わせるのであるが、『』のひらひら飛んでいく赤い幽霊の画ヅラなんかを見ても分かるように、単純に錯視的で面白いシャシンを撮る人だとも思う。

 で、『リアル ~完全なる首長竜の日~』でありますが、実はこれ、『このミステリーがすごい!』受賞作の映画化という事も手伝って、少々毛色が違うんでしょうなという勝手な思い込みにより積極的に観に行こうとは思っていなかったのだけども、ある日ニコニコ生放送というところで、生主という権限を横暴に振るい、やい豚の末裔ども、今かかっている面白い映画を教えろと口角泡を飛ばし、現実と超現実の境があやふやになっておるところにリスナー様から、「『リアル』は観るべし」とのコメントを頂戴したので、へえ面白いのか、『このミステリーがすごい!』受賞作の映画化でもある事だし観に行ってみるかなぁ、と、放送前と正反対の事を言いながらぼらぼら映画館に向かった乃公、上映後に出てきた時には感激絶頂たる顔をして。

 昏睡状態にある恋人の意識に「センシング」と呼ばれるダイブをして覚醒させようとするものの、はな、逆にワガの現実と超現実の境が曖昧になって行って……というお話。
 とは言い条、殆ど原作の面影を残していない改変を筆頭に、説明をするのが本ッッッ当に七面倒臭い映画である事は事実であり、また、黒沢清の作家性が存分に発揮されたホラー演出をひとつひとつ称揚していては三蔵法師一行も天竺に辿り着いてしまうと思うので、要するに語りたい要素がふんだんに詰まっている映画であるとご理解頂ければ。
 特に本作をややこしくしているのが、これは実質的にジャンル映画のキマイラという事実に御座いまして、ロマンスなのか、SFなのか、ホラーなのか、ミステリなのか、つうか全部ごっちゃになっているのか、という混乱、困惑があり、センシングを観ては、わぁ、と言い、少年の怨霊を観ては、わぁ、と言い、哲学的(フィロソフィカル)ゾンビを観ては、わぁ、と言い、クライマックスに出てくるアレを観ては、わぁ、と言い、口を半開きにしたままの鑑賞を強いられる事これ必須、顔面のレコンキスタに労力が要され、作中のみならず、自身の実存までをもが侵食され行く感覚は、本作に仕掛けられたトリックと重なって超現実に一応の説得力を与える……なんつう事もなく、火種となった罪業ですら黒沢意匠に組み込んでしまうその自由闊達さは、意識下の世界なんだから、てな免罪符に大きく油性マジックで「黒沢清」と書くが如き映画の支配である。

 他人の意識内にお邪魔するという事は、即ち現実と超現実の紐付けを確認するという作業に他ならぬのだが、そこで不気味に、露悪的に、時には蕎麦飯のように異物を交えるなどして、ヒントないし嫌がらせ以上の意味を持たない虚像の各種を登場させる事により、常識・良識を根拠としたロジックは既に排除されている。替わりに感覚的な捻転が起承転結をなぞって用意されているのだけども、そのどれもが現実と超現実間の紐付けというよりも、悪意に満ち満ちた(文字通りの)モンスターとして配置され、一体現実でどれだけの罪を犯せばかかる大仰な悪意に晒されるのだとごちてみても、その真実はといえば、一応人命に関わるものの、物語としては比較的小さな要素でやっぱりアンバランスな印象は拭い切れない。が、超現実に振り切ったこの不安定こそ昏冥の極み。最後に登場するアレの何を考えているかよく分からぬ目はそのまま黒沢監督の視線であって、その体温の低さが逆説的にリアリティ(CG含め)を与えているのだから本当によく分からん、が、感激を揺すぶられる映画である。
 分からないから感激する、というのも意識としてはアリだけど、論理立てる事は非常に難しいので、自分が映画を撮る立場だったとしてもやはりこうしたイドの怪物的手法で説明すると思う。あぁ本当に説明するのが難しい。


【映画化】完全なる首長竜の日 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)【映画化】完全なる首長竜の日 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
乾 緑郎

僕はお父さんを訴えます (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ) 四日間の奇蹟 (宝島社文庫) さよならドビュッシー (宝島社文庫) 真夏の方程式 (文春文庫) 屋上ミサイル (上) (宝島社文庫) (宝島社文庫 C や 2-1)

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