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『リンカーン/秘密の書』 暗黒時代に猛る復讐の斧 - 1953ColdSummer

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『リンカーン/秘密の書』 暗黒時代に猛る復讐の斧


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リンカーン/秘密の書
ABRAHAM LINCOLN: VAMPIRE HUNTER
2012/アメリカ PG12 監督:ティムール・ベクマンベトフ 製作:ティム・バートン 他 出演:ベンジャミン・ウォーカー 他 原作:セス・グレアム=スミス 『ヴァンパイアハンター・リンカーン』


 年嵩の職人が、はあ、銭にならん、銭にならん、と、ぶつぶつ言いながら玄翁で釘を打つ工事現場、を、ですな、素通りして、つと思うのは、はは、そりゃ度量衡を測っていては駄目であるよ、銭にならんよ。と。銭になる人間、つのは、ぶち折った桜の枝をこれ差し出して、「これは俺がやったことだ。許してちょんまげ」と正直に帝釈さんのような顔をして白状するような素直、正直、方便の利かぬ莫迦とも言う、が、まかり間違って美談/逸話となってしまったような人のことを指すのであり、ほっほ、銭になる人間には銭になる人間なりの背景があるものじゃよ。
 で、こいつは銭になる、ならっしゃる、と、昼は大統領、夜は吸血鬼狩り、なんて設定を、『高慢と偏見とゾンビ』の奇才セス・グレアム=スミスにエンチャントされたヴァンパイハンター・リンカーンの暗闘こと『リンカーン/秘密の書』のお話を講じようと思うノ。でも桜の枝をぶち折って「これは俺がやったことだ。許してちょんまげ」と正直に白状したのはワシントン大統領だから。知っててわざと間違えたんだから。

 南北戦争が終わってけつかったとき、ゲティスバーグで「人民の、人民による、人民のための政治」というあまりにも有名な演説を行なったリンカーン大統領。余談ではあるが、むかし林間学校の班長で統率責任などと言われ教師からびんたを受け、もう班長の、班長だけの、班長だけの責任は嫌だと孺子らしく泣き濡れた生徒が居た。
 まあそんな嗤い話はどうでもいいのだが、「人民の、人民による、人民のための政治」には続きがあって、それは、「――を、地上から消滅させない」という決意表明に繋がっておるわけなのだね。それがアメリカ史上初めて暗殺された大統領の発せし言葉だというところに運命のアイロニーを感じぬでもないが、アイロニー以前に「こいつぁネタになる」と感じた、アメリカの荒山徹こと(今名付けた)セス・グレアム=スミスの脳内伝奇妄想はぱんぱんに膨らんで行く。

 優生学上どういう仕組になっておるのかとんと分からんがとにかくすごい血統を継ぐ者だった、とか、すべては経略の範疇でハッピーエンドまで一直線だった、とか、ぜんぶ精神病患者の妄想でそれが精神病患者の妄想であるが故にどうとでも辻褄を合わせられるし辻褄が合わぬと言う貴様は精神病者に対する偏見の持ち主だ、とか、そうした理屈に拠る映画は各方面に非寛容の色彩を与えるとは容易に洞察できる。洞察するのは良い。だが、洞察したままで終わるのが銭にならん人で、洞察を分析/理解し、ならばこうすれば寛容を享受できるであろうと行動を起こすのが銭になる人である。

 リンカーン大統領が実は吸血鬼ハンターだったってことにしてみたら。
 このワンアイデアで『ヴァンパイアハンター・リンカーン』は銭になったし、出落ち感も秋空を圧してはいるが、実在の偉人にふんふん斧を振り回させて写真資料と共に吸血鬼実在の屁理屈を捏ねていく、というやり方で、読者の脳の(主に笑いを司る部分の)激発にも成功し、目出度く映画化の運びとなったわけであるが、えっそれ以前に『高慢と偏見とゾンビ』のナタリー・ポートマン主演による映画化は頓挫したままですやんがな、という突っ込みは野暮天の極みであるから、まあ、しないが、映像化に際した『ヴァンパイアハンター・リンカーン』こと『リンカーン/秘密の書』にはその邦題からももやもやが来るように、諸手を上げて映画評議長が音頭を取るような作品とは感じやせんかったのである。

 まずリンカーンがくるくる振り回す斧、これは原作中では「マーター」という名前を付けられてあり、その理由も書かれているのだけど、そこら辺を一切省略? シカト? をして、ただふんふん振り回される、吸血鬼の人体破壊のための道具、という記号論的なヴィジュアルに、ベクマンベトフ・ザ・ウォンテッド、ウォンテッド、はは、と自嘲的な、或いは他嘲的な、攻撃性を帯びた乾いた笑いが込み上げてくる。くりゃる。

 斧ひとつを例に採って奥歯にもの詰めながら書いてみたが、本作に漂うガッカリ感は、ガッカリ、とか言われて怒る人も居るだろうから超ガッカリ、と言い換えるが、本作に対する超ガッカリに関して主犯格、A級戦犯と位置付けられるのは何であったのか。
 クライマックスの列車暴走バトルは迫力がありんしたし、劇画的な戦場シーンにも特に致命的な瑕疵があるとは思われぬ。地上波で映画を観るくらいの人がハリウッド、つて言われてだいたい連想するような画ヅラからはかけ離れてはいないが、それは中東の映画のねちっとした終わり方や、北方の映画のじゃりっとした終わり方、の如きもので、別段反則であると玲瓏に指摘されるものでもない。

 要するに、史実をベースにどれだけ匠を競うか、という願望とは裏腹に、二次創作を期待していたら自画撮り写真集を売り付けられた、みたいなファンタジーを見せられたから少々感想がいがらっぽくなってしまったのかも知れない。
 期待通りのものを観たいという願望が叶う確率はまあ平均して50%くらいであるとして、吸血鬼に対するスタイリッシュな殺戮、いきなりキシャーって牙剥いて襲ってくる吸血鬼、なんてものを期待していた向きには良かろうが、吸血鬼の餌とさせないための黒人奴隷の解放、てな原作の設定から史実通りのリンカーンの最期、までを期待していた向きもやはり理論上50%は居るわけで、じゃあ原作読んではにかんでろ、この遊冶郎、と思われるかも知らんが、原作読んではにかむ向きに、例え原作と別物であっても「やはりこの作品は素晴らしい」と錯覚させるのも映画の技巧というものではなかろうか。

 つまるところ、『ヴァンパイハンター・リンカーン』にはそれだけの魅力があったのだ。
 原作が史実のアクロバティックならば映画は文字通りのアクロバティック。50と50の魅力が相剋し、結局はどう転んでも100の魅力には近付けない。
 リンカーン大統領が幼き日に母を吸血鬼に殺され、斧を振り回す復讐者になっていた、という事実は、常識というデータベースに照合し考えてみれば、まあ、ふつう、一笑に付されるものである。だから史実に新たな視点を与えて屁理屈を捏ねるか、史実から逸脱してダイナミズムに走るか、この二択しか無いのかなとしか想像できない自分の想像力の欠如が呪わしい。
ダーク・シャドウ』(自分の感想はこちら)と並んで、今年のワーストにティム・バートンが関わった作品がふたつも入るとは思いませなんだ。


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ヴァンパイアハンター・リンカーンヴァンパイアハンター・リンカーン
セス・グレアム=スミス THORES柴本

THORES柴本画集  IL TAPPETO ROSSO (イラスト・画集) 高慢と偏見とゾンビ(二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション) 廃王国の六使徒 (f‐Clan文庫) アレクシア女史、倫敦で吸血鬼と戦う (英国パラソル奇譚) 禁書庫の六使徒 (f-Clan文庫)

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