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死と殺戮の行脚 『ヴァルハラ・ライジング』 - 1953ColdSummer

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死と殺戮の行脚 『ヴァルハラ・ライジング』


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ヴァルハラ・ライジング 
VALHALLA RISING
2011/デンマーク/イギリス 監督:ニコラス・ウィンディング・レフン 出演:マッツ・ミケルセン 他


 暴力描写が表現の枠・仕切り・囲いを飛び越えて素晴らしい、というのは、何もアナーキズムに与する人間のプロパガンダに起因するものではなく、それが児童の駆け比べ背比べの如くに単純であるからで、じゃあその単純さのヒケツは? と思わっしゃるでしょう。そこはそれ、単純なものはやはり単純な背景があり、暴力の背後には死の暗闇が等しく広がっておるからである。殴殺されようが、斬殺されようが、絞殺されようが、腹上死しようが、それによって落命する人間にとっては死は死以外の何者でもなく、帝政ロシアのグレゴリィ・ラスプーチンなんて人は、チャカで蜂の巣にされようが簀巻きにされて氷河に沈められようがまだ息があったらしいが、まあこういう特例は置いといて、人間に均しくやってくる、死、をエクスプロイテーションした、暴力、が、普遍性を帯びるのも当然なのである。

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 だが、本作、『ヴァルハラ・ライジング』を鑑賞するに辺って、その暴力描写をいちいち「首をもがれたら嫌だなぁ。何故なら人間は首をもがれると死んでしまうからだ。ぶるぶる」などと、エンコーディングする必要は無いと思う。おいおい暴力描写に普遍性がある言うたのワレやんけ、あまり人をマンガにしとったらあかんど、具体的に言うとワレの首もぐぞ。と言いたい気持ちも分かる。分かりる。が、少しく待っていただきたい。乃公は、暴力の可塑性について問うておるのだ。映画の中で首をもぐ。これはOKでしょう。では、現実世界で首をもぐのは? 将門公の首級は炎を発し飛んでいったというが、まあこういう特例は置いといて、戦国時代でもあるめえし、この平成ポンニツで人間の首をもぐと猟奇殺人などと騒ぎ立てられ、同級生による証言、卒業文集、ビデオラックのスナッフビデオ、などが晒されて面倒くさいことになってしまう。こうした点に三人称の娯楽である映画の在り様が問われる。暴力、死は映画と現実の垣根をひょいと超える概念であるのに、現実ではしがらみがあり、映画内ではしがらみが無い。むしろ映画内の暴力にしがらむ方が阿呆なのであって、……あれれ、暴力描写は万人に等しいからこそと先ほど謔言を発したのは乃公では無かったか。あれ、あれれ? と同じ場所でくるくる回転し。

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 隷属である身分から、まあ、奴隷生活は嫌でごんすなぁ、と飼い主一同を叩き殺し、お世話をしてくれた少年と共に聖地エルサレムへと向かう隻眼の戦士、ワン・アイ。
 そんな設定、造形を観、男ってのは狩猟民族じゃねぇといけねぇんだよ、と高野拳磁みたいなことを言ってもりもり高まったかというとまったくそんなことは無く、その寒々しいロケーション、およそ知性の輝きを一切感じさせない古代人たち、宗教と抹香が入り混じったような異臭を放つ台詞、等々から、んー、原初の暴力を用いた神話性、っつよりも、続きを読んでもらいたいのなら飴玉買いんさい、と、ごうつく紙芝居屋の昔話、的なものを感ずるところとなり、暴力方面に過剰と言えば過剰、演出方面に不足と言えば不足、というような地に足の着かぬ座りの悪さを本作に対し抱いた。しがらみ過ぎるのも問題ではあるが、しがらまなさ過ぎるのも問題である。両極端、ものには限度というものがありましてな。

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 首斬り、モツ出し、串刺し、あとこれで顔面溶解があったら良かったのだが、人体破壊に関しては、あまり良識者/常識人にしがらんでおらず、娯楽的側面として彼我の暴力映画に通底するものがある。それらは胸中に残って心をぽかぽかさせる要素ではなく、脳にこびりついて離れないある意味理知的な蟠りとなる。だが、それらに容喙し得るほどの環境を『ヴァルハラ・ライジング』は用意できたのであろうか? 宣教師は猿の群れに向かわないし、阿闍梨は馬の耳に念仏を唱えはしない。この寒々しい、蛮人と殺戮の世界では、哲学することは可能でも美学をするには色も筆も足りない。色も筆もある現代人からしてみると、これはもう暴力の普遍性の断絶と言う他なく、どんなに情理を尽くし論ずろうとも景色は寒いだけである。万人に等しい暴力を語るには言語が要る。それは映像であり、脚本であり、音楽だ。暴力言語を欠いては暴力は説明できない。身体で分からせるしかねえと、こちらが蛮人になってしまう可能性すらある。


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