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やがて訪れる失寵 『ルルドの泉で』 - 1953ColdSummer

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やがて訪れる失寵 『ルルドの泉で』


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ルルドの泉で 
LOURDES
2011/オーストリア/フランス/ドイツ 監督:ジェシカ・ハウスナー 出演:シルヴィー・テステュー 他


「処女懐胎? 処女が懐胎するわけないでしょう。エロ本の読みすぎですか貴方」と舌鋒鋭くキリスト教を批判し続けてきたのはニーチェであって終いにゃあ「神は死んだ!」と逆切れを起こしたっつのは有名な話であるが、何かねー、日出ずる国ポンニツに住まうところの乃公としては宗教論争でカッカする、日常レベルで抹香臭い、というのが実体を伴って理解し辛いというか、それはちょっとしたアポリアめいた概念であって兎にも角にも現実味を感じにゃい。感じない。もっと唯物的っていうのかなぁ、即物的っていうのかなぁ、ちょっくらひもじいときに1億円くらい無利子無期限無催促で融通してくれたりしたら神様を信じちゃったりすると思うのだけど、凡そに於いてそういうことをしてくれるのは悪魔様であり、魂を担保に取られたりしてしまうン。じゃあ神様って何してくれんのよ。と薫蒸消毒されたような表情で訝しがっておると、まあ、ほら、奇跡、つってね、神様だってちゃんと働くんよ。と言わんばかりの人を小咄の内に何度か見かけたことを思い出し、芋づる式にあっルルドっ! とピコリーンと頭に閃いたので『ルルドの泉で』を観てみたン。

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 とは言い条、本作『ルルドの泉で』は一見「敬虔な信徒に起こった神の奇跡」みたいな外面をしてえへらえへらしておるが、人生の酸いも甘いも噛み分けた乃公から言わしてもらえば、例えばこういう外面をしておる人間の根底には承認欲求・出世欲・肉欲の如きが渦を巻いておることはこれはもう確実であり、それはどげな暗喩や換喩を用いても誤魔化しきれんものである。はは、そのような竹槍で乃公のB29を落とせるかっ、と騙されんように騙されんように本作を観ておったら、同時に乃公のチャクラが開き、見えてきましたよ見えてきましたよ、この宗教映画の皮を被った現実逃避、悲喜こもごもが。

 首から下が動かない、障害を抱えたクリスティーヌって女性が居ってん。まあ当然、食事や排泄なんかは他人の手を借りることになりますわな。んでも首から上は機能不全を起こしておらぬので、ああ観光に行きたい、ああ芸術に浸りたい、と、なまじ健常な人間よりも欲求がぱんぱんに膨らんでしまう。あと暇なので、暇ついでに信心などをしておったらそれが篤く篤くなっていって、ある日、聖地ルルドの泉を訪れた後、大悟、あキリスト教では大悟と言わんか、奇跡が起こって、体が動くように、歩けるようになってしまった。こうなったら後へは退けない。実はルルドへは観光目的だったなんて口が裂けても言えない。そして、ベスト巡礼者賞というたいへん意味の分からない賞を受賞した彼女は笑顔を取り戻すのであるが、その背後には、他の信者たちの、「何であいつだけが……」という嫉妬の視線が光っておるのであった。

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 神父やシスターたちは散々に信仰心の問題をお題目にしておったわけで、障害者が突如歩けるようになった、なんつう、かかる奇跡を目前にしたらもう黙るしかない。しかも何であの人だけルルドの奇跡の恩恵に預っとんやろか、阿呆ちゃうか、と疑問に思いつつも、それを口に出すと今度はワガの信仰心を疑われる、って人狼ゲームの様相を最早呈しておるのであり、兎角、奇跡を認定するしかない。ああペルソナ。建前のお付き合い。で、当事者たるクリスティーヌはもう喜色満面、腹が立つような笑顔で腹が立つような振る舞いを見せ、ルルドに公式に奇跡認定された事例は数回しかない、つまり私は選ばれたのよ、とかそう言ったのかどうかは知らんがその言動が段々と選民思想じみてくる。

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 篤い信仰心を持つ信者たちではなく、観光気分にルルドの泉を訪ったクリスティーヌにのみ奇跡が起こる。

 これが本作が抱えるリドルであり、解答なき問い掛けである。然しくして、何であいつだけ? 俺は? 俺は? という浅ましい疑問は各種の物語に於いて半ば記号化したもので、上方風に言えば、お約束、ですか。そんな感じで目には入るんだけど、脳で咀嚼するまでには至らない事例として、かなりの作品に存在する無意識的な物語素であることは多くの向きに思い当たる節があろうと思われる。
 本作の監督である新鋭ジェシカ・ハウスナーはかつてミヒャエル・ハネケに師事していたらしいが、このシンプルな主題を、シンメトリを基調としたハネケ風の乾いた画作りで見せることによって、より淡々と無私なる方向で進めている。故に、聖職者たちの混乱、他の信者の嫉妬、そして、祝福されるべきなのにどこか奥歯に物が挟まったような対応をされてしまう主人公の痛々しさが皮肉を帯びて伝わる。伝わって来やがる。
 もうこんな状態に至っては全員が全員煮え切るわけがない。信者の中には神父に面と向かって「何であの人だけ奇跡に預かるわけ? そこんとこどうなの?」と詰問する者まで出る始末。

 だが。

 物語はあまりにもあっさりと「否定」のかたちを取って終焉する。奇跡か否かをまず疑え、と示唆して終わる。みんなのもやもやっ、が、もやもやっ、のまま、明確な解答を成されることなく狐につままれたって言うのかな狸に化かされたって言うのかな上げてから落とすような真似をして了。となるわけで、結局、何が何であったのかは君が解釈し給え、と。それは無神論のようでもありまた信仰のようでもあり。ああこの余韻。


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