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『THE GREY 凍える太陽』 Alive A life 最強の敵を倒せたなら、その日に死んで悔いはない - 1953ColdSummer

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『THE GREY 凍える太陽』 Alive A life 最強の敵を倒せたなら、その日に死んで悔いはない


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THE GREY 凍える太陽
THE GREY
2012/アメリカ PG12 監督:ジョー・カーナハン 製作総指揮:トニー・スコット 他 製作:リドリー・スコット 他 出演:リーアム・ニーソン 他


 晩夏の浜茄子が咲いておる辺りでそよそよ踊り、疲れたら火照った身体にシャワーを浴び、特に股間を重点的に責めるなどしてむほほほほと痒がり、濡れた身体を拭きたる後は冷風送風機の前にこれ鎮座、ひんやり。あやしかりけり哉。あやしかりけり哉。わたしはついに、夏を克ったのだ。糞暑さを凌いだのだ。知的生命体の尊厳の確立のために季節、四季、中でも非人称の意識に至るに最も邪魔な夏という犬畜生にも劣る外道の抹殺を企て成功したのだ。問題は1歩部屋の外に出るとやはりそこは夏であって高温多湿が襲い来ることだが、措け。そのようなことを問題にしておっては話が一向に進まないので、わたしは夏の一切を穢土と呼び厭離しよう。夏、暑さ、熱中症、異常気象による生態系の発狂、などを厭離しつつ、擂り餌を食む食むするハムスターのような顔、挙動でひょこひょこわたしは映画館に向かった。が、ここで打算を欠かさないのがハムスター並の脳味噌を擁するわたしのすごいところで、夏の一切を感じさせない映画、そして、製作総指揮者トニー・スコットの遺作たる映画、つことで、極寒のアラスカのツンドラ地帯で、もっさい野郎どもが寒波と野生の狼を相手にサヴァイヴする『THE GREY 凍える太陽』をチョイス、日本銀行券と引き換えにチケットを受け取ると、トニー・スコットの自死を思い出して涙が縷々。

 ソリッド☆シチュエーション・スリラー、てな惹句も昨今の感があるが、全身の体毛をソリッドされる、もしくは便所で糞を気張っていたら、打毬会が催されている宮中の馬場の中央に突如としてワープしてしまった、というような奇の衒い方に向かいそうなジャンル映画と本作は一線を画しており、極悪な状況に文字通り放り込まれるのには放り込まれるのだが、そこからの意識の高さ(旧帝上がりの政務官が夕陽に拳を握っているように半音高く読んでね)が有象無象、有形無形とはまるで違う。極寒と狼地獄という点では『フローズン』(自分の感想はこちら)なんかを想起される方も居られようが、そうした人は天下泰平、五穀豊穣、国家安康に君臣豊楽の恩恵・ぬるま湯に漬かり過ぎである。勝手にスキーリフトに乗ってえらい目に会うた盆暗大学生3人組と、極北の地で毎日油田を掘り、野生動物の襲撃から身を守り、5週間ぶりに休暇もろうてけつかったと思うたら帰りの飛行機がまるで阿呆みたいに墜落、生き残った7人は雪原に放り出されてしまう、というシチュエーションを同じく扱ってはいけない。前者には飽食の、後者つまり本作にはハングリーの文脈がある。

 容赦なく体温を奪っていく極寒と、野生の狼たちの縄張りに入り込んでしまった、というサスペンスフルな極限状況にあって、一見単調とも取れる白色と青灰色の背景や、決死の行軍を余儀なくされた男たちの心情の吐露から生命の尊厳や、クーラーをがんがんに効かせた部屋に居って「夏を克った」などとのたまう愚昧のひとつならず足りない考えを読み取ることは容易である。わたしは、所詮体温の調整が自在に出来る環境下で勝ち誇っておったのだ。だが、雪原の彼らを見てみるがいい。一切CGを用いなかったという冬山の撮影中、本当にカメラが凍りつき、でも35mmで自然光を撮ることに拘り続け、主演のリーアム・ニーソンに至っては喋るだけで口が凍るので、老体に鞭打ちわざと毎日5~6分冷水を浴びて身体を寒さに慣らしたという。わたしはわたしの愚かさ・幼稚さ・芋臭さをせせら笑った。現実のわたしより銀幕の向こうの彼らの方ににんげん、ひと、いのちのリアリティがあって当然だったのだ。

 厳然たる自然そのものの迫力も、さながらこの映画のために用意されたもののようでもあり、狼の襲撃シーンにはホラー映画の手法、ホッとさせておいてグワァッ、て来るようなアレを用いておったり、半死体があっちゅう間に狼に喰い荒らされていたり、白死の匂いが常に香る映画ではある。だが然しくして、それはGOTHの如きデザインされた概念下のものではなく、弱肉強食、河童の川流れ、自然を克とうとした末の「にんげんのエピローグ」たるものなのじゃよ。
 また、「人生の大切な思い出は、生きるため、闘うための力になる」といった台詞、「もう一度闘って 最強の敵を倒せたら その日に死んで悔いはない その日に死んで悔いはない」といった四行詩、これらの「ことば」が、主人公の元妻、亡き父親の存在と驟雨のように響き合う。「ことば」。回想にての妻のことば、冒頭の乾いたことば、仲間内で掛け合うことば、など、会話劇の要素もあって本作の字幕は一種の魔法を帯びておる。生死を共にした仲間のひとりが終盤、死の恐怖を超え達観し「ここが俺の世界だ」と口にした途端、本作は「ことば」から成る哲学的ロジックと並行して、神学的な生命、祈りの意味合いもあったのだと勘付いた。

 本作に出てくる群狼は監督曰く「ミステリアスなファンタジー性」の象徴でもあるという。ならばそれに真向かう主人公オットウェイな何なのか? 当然、人間である。死の恐怖にエッジを立たせたリアリティの象徴である。
 エンドクレジットの後、とあるシーンが映し出される。そして、そのシーンをどう解釈しようが、自分にはオットウェイが「ことば」と「身体性」を共に昇華させたようにしか思えず、ルールに制定される側からルールそのものを制定する側へと移行したように感じられた。
「真実は、この寒さだけだ」というルール――秩序を早々に見極めたオットウェイは、人間であることをより祈ったのか、それとも神へと変貌を遂げたのか。


THE GREY 凍える太陽   映画パンフレット 監督 ジョー・カーナハン 出演リーアム・ニーソン、ダーモット・マローニー、ジェームズ・バッジ・デールTHE GREY 凍える太陽  映画パンフレット 監督 ジョー・カーナハン 出演リーアム・ニーソン、ダーモット・マローニー、ジェームズ・バッジ・デール


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20120830 12:12 │ from 映画感想 * FRAGILE

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