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『バビロンの陽光』 その荒野を、歩いても歩いても - 1953ColdSummer

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『バビロンの陽光』 その荒野を、歩いても歩いても


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バビロンの陽光 
SON OF BABYLON
2011/イラク/イギリス/フランス/オランダ/パレスチナ/アラブ首長国連邦/エジプト G 監督:モハメド・アルダラジー


 一膳飯を軽く腹に入れ、オッホ、と気合いも入れると、ジョギングに繰り出した。
 と、いうのも、だね。過日、血液検査というものをしてもらって、結果、「あまり調子に乗っていると糖尿病になって死ぬるよ」という御託宣をいただき、震え上がったわたしは心機一転、スウェットにシューズ、夜光襷などをスポーツ用品店から金銭と引き換えにこれ受け取り、日々の運動、まずは軽快にジョギングから、に精を出そうと腹を決めたのである。
 ホッホッホ、と軽快に走ること1時間、そろそろ走ることに飽きてきたわたしは、ホッホッホ、とコンビニへと入店、スナック菓子、スイーツ、揚げ物、などを購入し、ちんたらちんたらと帰宅、以後、ジョギングには繰り出していない。何故なら疲れるし、普段から歩くことが大嫌いなわたしとしては、ジョギング以外にも何らかの運動方法があるのでは、との疑問を払拭し切れなかったからである。そうしてごろごろして幾星霜、たまにヨガの真似事などもしてみるが、兎に角、乃公は歩くという行為が大嫌いだ。

 にも関わらず、クルド人老婆が12歳の孫を連れ、行方不明となった息子の安否を確かめるべく過酷に歩き続ける本作、『バビロンの陽光』などを観てしまったのは、これはもう奇岩巨木を鑑賞、築山を愛でるが如きもので、自分の生活とは位相が違うものである、ということを大前提に観ておるのだっ、ということは申し上げておきたい。
 カンカン照りの陽光の下、歩き続ける老婆と少年、というカットから始まる本作は、異国情緒もさながら、2003年以降にわずか3本しか映画が作られなかったイラクという国の、その実状の一端に触れることができる、という点で貴重と言えば貴重、もはやジョギングに繰り出しておる場合ではないのである。

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 とは言い条、この老婆と少年も延々歩いておるわけではなく、いや、それまでは延々歩いてきたのであろうが、途中でトラックをヒッチハイクし、バグダッドまで乗せて行ってもらうなどとずるをする。はは、この餓鬼ゃあ、どうせこのトラックの運転手が善い人で、ちょっとした人情物仕立てになっとるんじゃろが、こちとらお見通しじゃ、ぼけぇ、などと思われるかもしれないが、まあ、表層的にはちょっとしたイイ話的に見えるかも知れないが、このトラックの運転手、当初は、知るか、歩いて行け、どうしても乗りたいんなら誠意を見せろ誠意を、まどとまくしたてて金銭をこれ要求、挙句老婆と少年を座席に乗せず、荷台に放り込むということをする。荷台に放り込まれた老婆は黙り込み、少年は狂騒的に笛を吹き、運転手はマイケル・ジャクソンを歌えと無茶を言う。文化は違っても仰ぎ見る太陽は同じである。腐れ世間はイラクにも浸透し、かかる奇天烈なシチュエーションを成り立たせておるのだ。

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 で、正味な話、バグダッドに着いてから、つまりロングウォーーークが終わってからが本格的に話が動き始めるので、乃公もああ良かった、もう歩かなくていいのだ、と他人事ながらに免罪符を得た気になっておったのだが、目標となるナシリヤ行きのバスを巡って一悶着、バスに乗って一悶着、バスが壊れて立ち往生、はは、と呪われたかのような不運に老婆と少年は見舞われ、いやこれは飽食の国ニッポンに住む乃公の目から見ておるからして呪われておるように見えるのであって、イラクではこれが日常茶飯事なのかも知らん、とイラクの人々に大変失礼なことを考え、ふるふる頭を振ると老婆が虚ろな表情で焚き火をしておったので、やはりこれは不運であったのだと捉えるのが人生のどんづまりを考える上での重要な思考となるのであろう。

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 そして、たびたび印象的に挿入されるのが、空を巡回するアメリカのヘリであり、米軍が行なっておる検問である。
 老婆が探し求めておる息子、つまり少年の父親は、元はといえば兵士として戦地に赴いておったという事情があるからして、この米軍を使ったカットに如何な意味があるかは容易に察することができ、作中に語られるバビロンの空中庭園の伝説からも、ある種のナショナリズムを感じ取れる。イラクという国が負った傷を、おいおいとおめき散らかしながら表現しておらぬのが本作の慎ましさであり、また深甚さでもある。

 普通に炎上している車や、父と会えると楽観した少年が小綺麗に着替えたり顔を洗ったり、そうしたイラクの日常は一見無軌道にも見えるが、最後の方、集合墓地が出てきた辺りで、何だかまとまったかのような印象を受ける。というのも、集合墓地とは名ばかりで、これはその実、穴を掘って死体を埋めただけのもの。掘り返せばバラバラと人骨が出てくるし、申し訳のように人骨には名札が付けられておる。
 監督のモハメド・アルダラジーは、次回では女性の自爆テロリストを扱った作品を撮るらしいが、思うに、この監督の中では生と死の概念が、くるくると回っておるのではないのか。日常と、そこにさり気なく挿入されるタナトスの匂い。幾度となく追随されてきた映画の文法。これに、イラクという国を表徴しようすると、やはりそうしたかたちが分かりやすいし、メッセージ性の強いものになるのであろう。本作が生に始まり死に終わるのは、そうした特徴線をなぞった上での必然であったのかも知れない。


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