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『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』 喪失と再生の果て、残酷過ぎる真相 - 1953ColdSummer

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『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』 喪失と再生の果て、残酷過ぎる真相

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ものすごくうるさくて、ありえないほど近い
EXTREMELY LOUD AND INCREDIBLY CLOSE
2012/アメリカ G 監督:スティーヴン・ダルドリー 原作:ジョナサン・サフラン・フォア 『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』


 その昔、出先でたまたまテレビを観たら、飛行機がビルに突き刺さって爆発しておって、すわモンティ・パイソンの新作か、新しい映画のワンシーンか何かだと思っておったら、それが正真正銘の現実の出来事だったので、たいへんびっくりした。

 2001年9月11日のことであった。

 この日の出来事についてはいちいち自分が語らずとも、それぞれが感情を咀嚼し、意見を交わし、饅頭を食いながら茶話にしたりするなど、すでに自由闊達に語られておるのであり、それが自由闊達に語られておる以上、詩吟を吟じようが踊りを踊ろうが自由闊達なる話題となるのは否めない。
 かくいうわたしも、あっちを向けば同時多発テロ事件、こっちを向けば同時多発テロ事件、上を向いても下を向いても同時多発テロ事件、と、どこを向いても同時多発テロ事件の話題が同時多発することにほとほと疲れ、しまいには、「ねえねえアメリカの同時多発テロ事の話だけど」と言われると、全身の毛を逆立て「ニ゛ャ―!」と絶叫する体たらくと相成っておったのだが、やはり9.11の衝撃は重くして、食事を摂っていても、自由律俳句をひねっていても、ぜんぜん美味しくないし楽しくない。日本人であり日本に居住しておる自分がこれだけ気分が沈むのであるからして、当事者であるアメリカ国民などはもう激昂、テロの主犯(敢えて誰とは言わない)を吊るし上げ、熱々のイカリングをサクサク感を味わう暇もなく口に詰め込んでやりたいと思っておるであろうことは想像に難くない。と、いうのも、わたしがイカリング食べながらこの文章を書いておるからなのであるが。

『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』
 この珍奇なる、映画館のチケ売り場で至極言い難いタイトルの映画は、9.11で父親を失った少年のちょっとした冒険譚であり、喪失から再生に至るまでのプロセスに重点を置いたヒュウマン・ドラマである。ヒュウマン・ドラマといえば、ヒュウマン・ドラマのアイコンみたいなトム・ハンクスさんが主人公である少年の善き父親役を演じておるのだが、この人もそろそろ善人役のオファーばかり受けるのは止めて、たまにはナチの将校役とか受けてみてはどうか? 「どうか?」って言われてもなぁ。

クローバーフィールド』や『ダークナイト』を指して、ああ、これは9.11後の映画だ! と、したり顔で指摘するのも最早昨今の感があるが、本作『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』では、暗喩ではなく、直接的に9.11テロに晒されたニューヨーク市民たちを個人単位で描くことによって、ヒュウマニズム、です、か。市井の民草の、9.11後の息使いとでも言うべきものを人間の善性に照らし合わせて見せつけてくれるのだね。テロの恐怖に晒されたからといって発狂したり首謀者を呪い殺そうと黒魔術の研究ばかりしておる人ばかりではないのですよ、と。

 主人公、アスペルガー症候群である可能性が濃厚な少年オスカーに対して、父親はそれを無理に型にはめようとはせず、その興味を持つところ、長所、を伸ばそうと創意工夫、工作や、種々の探検などを用意して、ちょっとでも世界に繋がることができるように上手く遊びを考え、オスカーもまた、楽しく父親のそうした目論見に乗るわけですな。兎角子を理解し深く愛情を注ぐタイプの善良なる父親で、どれくらい善良なのかはトム・ハンクスさんの顔を見て察してもらうとして、2001年、9月11日に悲劇と別離が唐突に訪れる。

 父親の遺品から封筒に入った「鍵」を見つけたオスカーは、そこに「ブラック」と書かれておるのを見て、これは父親からの最後のメッセージなのだと感じ、「ブラック」というのはたぶん人の名前だろうとアタリを付け、電話帳でブラックさんを調べるの何とその数472人。しかし、どこかに「鍵」に合う「鍵穴」があるはずだと信じた少年は、外界にとことこと出かけるのであった。

 オスカー少年の自分本意な行動、わめき散らし、異常な拘りの強さ、などが道中に幾度も描写され、多くの市民や口の聞けない老人などが振り回されることとなる。
 それで良いのである。
 そんな少年を許容する人間も、罵る人間も、それなりの背景を持っているものとして描かれる。つまりオスカー少年はテロ後の市民たちの試金石とも言える存在で、少年に対する一挙一動が、そのままアメリカが受けたダメージを表していたり、癒えていく様子の表徴であったりするのだ。オスカー少年の時間が父親の死と共に止まっている間、ニューヨーク市民たちの時間は確実に進んでおり、「太陽が燃え尽きたあとの8分間」という台詞に代表されるように、不可逆の隙間を縫ってオスカー少年は行動する。故に、ラストで明かされるある真相が、ファンタジックに過ぎるものでありながらどんでん返しとして機能するのだ。

 一寸先は闇とはよく言ったもので、ツインタワーが瓦解したその日、今日が訪れるを予測していた人はかなり少ないと思う。にも関わらず、ニューヨーク世界貿易センタービルに旅客機は突っ込み、一寸先の闇が訪れた。その一寸を生きておるのが人間という哀しい生き物で、下手をすれば、自分が一寸に生きておる自覚すらをも持ってはいない。そんな一寸、距離、時間を本作は入念に描いた。自分勝手だが、他人の痛みに敏感な少年を主人公に据えて。ものすごくうるさいけど、ありえないほど近くで思いを汲んでくれる少年、という意味でつけられた題名なのかどうかは分からないが、『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』という題名は、作中に象徴的なものとして出てくる。アメリカの学校では9.11のことは生徒に教えないというが、学校のテキスト以上に胸を打たれるものとして、この題名は出てくる。

 チケ売り場で舌噛んだけど、良い題名だと思いのだね。


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ものすごくうるさくて、ありえないほど近いものすごくうるさくて、ありえないほど近い
ジョナサン・サフラン・フォア 近藤 隆文

Extremely Loud and Incredibly Close オリーヴ・キタリッジの生活 オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (新潮クレスト・ブックス) アート・スピリット 映画の瞬き―映像編集という仕事

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題名の意味

タイトルに惹かれて、映画館へ赴いたひとりです。

>ものすごくうるさいけど、ありえないほど近くで思いを汲んでくれる少年

こちらのエントリーを読ませていただいて、やっとこの映画の題名の意味が
理解できたように思いました。腑に落ちた感じです。ありがとうございます。

タイトルは原題の訳そのままですが、よい邦題ですよね。

20120227 21:22 │ from きゅうかんばーURL Edit

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