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『ホーボー・ウィズ・ショットガン』 街のダニどもに血肉の華を咲かせてやれ! - 1953ColdSummer

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『ホーボー・ウィズ・ショットガン』 街のダニどもに血肉の華を咲かせてやれ!

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ホーボー・ウィズ・ショットガン
HOBO WITH A SHOTGUN
2011/アメリカ R18+ 監督:ジェイソン・アイズナー 主演:ルトガー・ハウアー


 悪代官が悪行の限り、年貢の絞り上げ、町娘のかどわかし、などを行なっておるところに、ここはまあ凄腕の剣客でも旅の博徒でも先の副将軍でも何でもいいのだが、そんな正義の人がやってきて、とりゃっ、とりゃりゃっ、などと悪代官の手先を斬殺、命乞いをする悪代官に正義の裁きを、なんてお話は、歯の抜けた老人が湯呑みをフルフル震わせながら観るに限らず、割と普遍性を帯びたお話であって、これは舞台を西部劇にしようが中世ヨーロッパにしようが比較的容易に成り立つ。その意味に於いては、クリント・イーストウッドだってロビン・フッドだって同じしたり顔を晒しておるものである。

 岡山にてやっとこさ上映が始まった『ホーボー・ウィズ・ショットガン』を観てきたのだが、これも主人公であるこじきを演じるルトガー・ハウアーのイイしたり顔が印象に残る映画であった。

グラインドハウス』公開記念として行なわれた、フェイク予告編コンテストのグランプリに輝いた作品を86分の映画としてでっち上げ、殺人とか、人殺しとか、銃殺とか、そういうものをあまり深刻ぶらずに(何も考えずとも言う)盛り込んだ結果、悪代官が悪行の限り、年貢の絞り上げ、町娘のかどわかし、などを行なっておるところに、ここはまあ凄腕の剣客でも旅の博徒でも先の副将軍でも何でもいいのだが、そんな正義の人がやってきて、とりゃっ、とりゃりゃっ、などと悪代官の手先を斬殺、命乞いをする悪代官に正義の裁きを、なんてお話によく似た、現代の娯楽、ひとつのジャンル映画が出来上がってしまったわけだ。

 ジャンル映画、とは言い条、同様のコンセプトで先に拵えられた『マチェーテ』よりも血の量、人体破壊、人倫に悖る描写ははるかに多く、「5分に1回の残虐描写!」の売り文句に嘘偽りなく、嘘偽りないって言うか、むしろ「3分に1回の残虐描写!」といった趣であるので、ポップコーンを買ったら塩がたっぷり付いた美味しい部分が多かった、的なお得感がある。

 こじき、あっこじきというのは少々語弊があって、仕事を求めて旅する流れ者、これをホーボーと言うのだが、そんなホーボーがホープタウン、という皮肉の利いた名前の街に降り立つところから物語は始まって、治外法権というか無政府状態というか、現代のソドムとゴモラというか、石を投げれば犯罪者にぶつかるようなこの街の様子がケレン味たっぷりに描かれる。
 それで、色々あって、こじき、じゃなかった、ホーボーに身を落とした主人公ですら、警察が犯罪組織と癒着し、娼婦を助けようとすればナイフで切り刻まれ、生きるために屈辱的な仕事で日銭を稼がなければならない現状に意気消沈、そろそろよその街に行こうかしらん……と考えていたある日、偶然出くわした武装強盗を、ショットガンで射殺してしまう。

 ホーボーは、仕事で食っていくために電動芝刈機を買おうとしていたのだが、ここでショットガンを手にしてしまったがため、自らの運命、役割、心境といったものに大いなる変化が訪れることになる。

「腐れ売人め、死ね」ドカーン! 「ペド野郎、死ね」ドカーン! 「もう何でもいいからとにかく死ね」ドカーン! と、ショットガンで街のダニどもを処刑していくホーボーのおっちゃん。ここらの一連の流れが景気が良く、場面の転換とショットガンが炸裂するシーンが非常にテンポ良く繰り返されるので、人体破壊というか、むしろ花火でも観ているような気分になるので、たーまやー、と大声を上げたくなり、でもそれは鑑賞マナーに反するので、とりあえず丹田の辺りにグッと力を入れて堪えた。

 で、ホーボーに勇気づけられた街の人々が自警団を組織し平和が訪れるかと思われていたのだが、ここで面白くないのは街を牛耳る犯罪王ですよ。早速2人の息子(両方ばか)に命じてホーボーをお行儀しに行かせるのであるが、その最中、子供たちが乗っているスクールバス内を火炎放射器で炙ったり、娼婦の首をノコギリ挽いたりと、やりたい放題なのだね。こいつらの一切躊躇しないプッツンっぷりを観て、ああ、米の国の映画も仏の国の映画と同じくして、タブーの壁を乗り越えることに成功したのだなぁと感慨もひとしお、一山なんぼの人命の軽さに、「『テレタビーズ』のようなくだらない番組と違って、しっかりと考えさせる内容になっているんだ」という監督のインタビュウを深甚に思ったのである。馬鹿お言いでないよ。

 ところでこのジェイソン・アイズナーという監督、日本のポップカルチャーまあ大体こうした文脈で出てくるポップカルチャーというのはオタク文化のことを指すのだが、これにかなり影響を受けておるらしく、上に述べた犯罪王の2人の息子(両方ばか)の元ネタは『ダウンタウン熱血物語』だというし(くにおとりきのことですか)、自作を深作欣二映画に似た雰囲気だというし、最後の方に出てくる、ええと笑っちゃいけませんよ、地獄から召喚された2体のロボット戦士(プッ! ゲホッ! 笑いすぎてむせた!)をして、「どうだい? 日本映画から出てきたようだろう」とのたまっているのである。一体、このロボット戦士が闘って(?)いた巨大蛸は何だったのであろうか。

 途中、病院内で眠る新生児たちにホーボーが語りかけるシーンがある。
「夢や希望に満ちあふれた君たちも、こんな街で育つ内に汚れてしまって、売春したり、薬をやったりするようになる。ちょっと賢い奴は薬を売る側に回る」
 このときのホーボーの表情、口調がとても感傷的で、観客をセンチメンタリズムに叩き込むのだが、このシーンでホーボーが「街」との共生を望んでおることが明らかにされるにも関わらず、少々動機がよく見えなかったかな、というのが残念と言えば残念。いや、グラインドハウス(を意識した)映画にその手の志の高さは不要だとは思うが、良いシーンだったと感じたので。

 まったく余談だが、「グラインドハウス」というのは同じようなフィルムをグラインドさせて上映しておるからグラインドだと思っておったのだが、そこで娼婦が腰を振る様子を指してグラインド、という意味も含まれておるらしい。どんな志の低い映画を観ようが勉強になるという好例である。


HOBO WITH A SHOTGUN ホーボー・ウィズ・ショットガン TシャツHOBO WITH A SHOTGUN ホーボー・ウィズ・ショットガン Tシャツ


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