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『宇宙人ポール』 映画愛の宇宙人、オタク野郎どもとの逃避行! - 1953ColdSummer

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『宇宙人ポール』 映画愛の宇宙人、オタク野郎どもとの逃避行!


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宇宙人ポール
PAUL
2011/アメリカ PG12 監督:グレッグ・モットーラ 脚本:サイモン・ペッグ/ニック・フロスト 字幕監修:町山智浩


 そういや、最近は滅多に超能力者が緊急来日しなくなったなぁ、超能力者は緊急来日してナンボじゃろが、こるぁ、なんてことをラーメン屋で畜肉ラーメンを啜りつつ考えておったのだが、最近、滅多に見ないといえばアレですよアレ、乳牛が、血を抜かれて惨死せしめられていたとか、畑に奇態な円形状のサークルが出来ておったとか、講談社に怪文書が舞い込んだとか、そういう地球外生命体の存在を示唆、或いは煽る、その手のコンテンツを最近とんと見かけないのである。前々首相のツガイ自体が地球外生命体コンテンツだったとか、ミラ・ジョヴォヴィッチが真面目くさった顔をして案内していた『フォース・カインド』だとか、そうした茶番、茶番と言って悪ければ道化、そんなものに化かされるコロコロコミック世代では無いのである。人面犬でもミスター・マリックでも連れて来やがれ、このダボが、てなもんである。

 閑話休題。

 かく言うわたしも幼少時にはですね、地球外生命体、宇宙人、それらが保有する文明に兵器、なんてものに夢を馳せておってですな、鼻くそほじった手で夢中でサイコロ本などを捲っておったのである。が、それだけではただの阿呆餓鬼である。そこは創意工夫、でやっ、でややっ、と、ウルトラマンの真似をして想像上の宇宙人を惨殺せしめたり、立ち読みした月刊ムーで得た情報を同級生に提供するなど、何らかのアクションを行なわねば我が夢に対して冷淡に過ぎる、というもの。以来、宇宙人が出てくるゲーム、宇宙人が出てくる漫画、宇宙人が出てくる映画などにかまけ、ロズウェル事件、と聞いただけでピョンと飛び上がる人間が完成してしまった。僕はこれを誇らしいことだと思うな。だって宇宙人が出てくるだけで多幸感に包まれ、倦怠や無為といったものとは逆しまの方向で創作物を楽しめるのだもの。

『宇宙人ポール』は、乃公の年末を締め括るに相応しい多幸感溢れる宇宙人映画であった。この多幸感の前には、脚本だの演出だのと細けえ事はいいんである。例えば、道路で餅を撒く、或いは、褌を締め込んで腹を振っている人がいたとしますね。ほら、観ているだけで幸せな気持ちになれるでしょう。ここで、「これこれ、尊公は何故にそのような場所で腹を振っておるのだ」などと難詰する人間は空気が読めない、もしくは粋人ではないのである。細かいことは忘れて、面白いもの、楽しいものに魅入ろうではありませんか。

 で、細かいことを言うようだけれど、やはり本作を語るのはそのトリビアルなディテールを抜きにしては語れないと思うのだね。ボンクラどもの旅に加わった宇宙人ポールの回想……スピルバーグ(本人の声で出演!)に『E.T.』のネタを授けたことであるとか(そして「演出なら任せろ!」というスピ)、モルダー捜査官は自分のアイデアであるとうそぶく姿であるとか、そもそも『未知との遭遇』の知識が下地にあれば数倍楽しめる作品であるとか、本作に引用され、または本歌取りされた作品をずらずらと並べ行くと、それだけでじゅうぶんなボリュームを持ったひとつの記事となるであろう。是非、実際に自分の目で観て、どれだけの小ネタが散りばめられておるかを確認してもらいたい。

 アメリカのナードの祭典コミコンから物語は始まるのだが、もうこの時点で本作は成功を約束されていたも同然である。サイモン・ペッグとニック・フロストのSFボンクラという設定、これから辿る旅路、そして、物語に通底するトーンが、この始まりにすべて集約されておるのであって、これはもう、一介の映画好きとしてはぎゅんぎゅんに漲ろうというものである。『スター・トレック』ネタがこの辺には埋められておって、トレッキアンがちょっと羨ましくなったりそうでもなかったり。あはん。

 そ・し・て・ですね、耶蘇の親玉を祭り上げ、ワインを血に、パンを肉体に見立てて喰らう集い、平たい言い方で言うとキリスト教、ですね、これに対する風刺もピリっと利いていて、宗教きちがいに育てられた宗教きちがいの娘の脳内に宇宙のヒミツを流し込んで(!)あっという間に無神論者に洗脳してしまうとか、神への信仰を取り戻す、なんてスタンダードの正反対を堂々と行なっているのだね。ちなみにサイモン・ペッグもニック・フロストも無神論者を公言しておるのである。

 肝心要のポールは、その造型がモフモフした可愛らしさとは100万光年ほどかけ離れておるにも関わらず、何というか、ああ焦れったい、あの表情……目の動き、だとか、口角を曲げてニヤリとする様子、だとか、不気味の谷を跨いだところで愛しくて愛しくて仕方がなくなってしまう。ポールを作るのに、予算4300万ドルの内の2000万ドルを費やしたらしいが、はは、こうした頓狂な浪費をしてこその映画である。ここに作品と製作者のベクトルの美しい融合がある。そして、ポールを捕まえるために現れたあの大女優は、元祖エイリアン・ハンターの……!

 コメディとして、ロードムービーとして、ブロマンスとして、徹底的にオタク目線で撮られた本作。そこにはいわゆる「リア充がオタクを見下す」ような格差意識は無く、水平に保たれた映画愛、そして過剰なSF愛が描かれる。大仰なフックこそ備えてはいないものの、ペチペチと心地良いジャブを繰り出すような素敵なテンポ。これにて今年の劇場納め完了。おほっ。




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