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ほらほらネトウヨたちは映画館に走れ! 敢えて言おう、これはひとかどの「反日映画」だ! 『アジアの純真』 - 1953ColdSummer

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ほらほらネトウヨたちは映画館に走れ! 敢えて言おう、これはひとかどの「反日映画」だ! 『アジアの純真』


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アジアの純真
2011/日本 監督:片嶋一貴 脚本:井上淳一 主演:韓英恵/笠井しげ


 在日朝鮮人の女の子が、拉致被害者の会に旧日本軍の毒ガスを投げつけて、日本人を虐殺します。
「あなたは日本人ですか。日本という国を愛していますか」
「愛してねーよ、バ~カ」ガッシャーン!


 と、映画のセンセーショナルな部分の紹介から入ってみよう。や、映画自体が相当センセーショナルなのだけども。

 近頃ちまたで有名な、熱湯浴だか寝盗るよだか、そうしたカテゴリの人に大人気(反語)の作品、『アジアの純真』を観て参ったのである。こん◯◯は。PUFFYの曲はリアルタイムで聴いていた世代です。わた~し待~つ~わ、てね。そりゃPUFFYじゃなくてあみんですがな~!(大爆笑)

 さて。

 事前に飛び交っておった様々な情報から鑑みるに、「相当な反日映画らしい」という確信を抱いたわたしは、褌をきりりと締め込み、四方膳をつつき、八幡大菩薩に拝礼をしたる後、肩で風切ってひょこひょこと初日の監督さんと脚本さんの舞台挨拶に出向いたのであるが、上映前、本作の脚本である井上淳一氏はこう仰られたのである。
「これは人を選ぶ映画ではなく、人に選ばれる映画です」と。
 そして、監督である片嶋一貴氏はこう仰られた。
「かなり変な映画ですが、その変な部分を考えていただければ幸いです」と。
 ハハーンこれは幼少時に近所のおもしろい子コンテストで最優秀賞に輝いたことがある乃公への朝鮮、じゃなかった、挑戦だなっ、と受け取ったわたしは、丹田の辺りにグッと力を込め、ささ、舐め回すように鑑賞してくれようぞとパチクリと銀幕に観入ったのである。

 とっても気が弱くて台詞もほとんど無い少年が、ヤンキーだかチーマーだかにカツアゲ喰らって、ですな。こりゃあかん、もう心が折れるわと財布に手を伸ばしかけたとき、都合よく、ええ、見計らったかのように都合よく少女が現れ、機転を利かせて窮地を脱するわけなのですな。その凛とした様子に惚れた少年は、名前を教えて、と言うのだが、少女は、今度会ったときに教えてあげる、と袖にする。
 それやこれやで何となく日々を過ごしておった少年は、ある日、ああ僥倖、あのときの少女と再開することができた。できました。だが、少女はチマチョゴリを着用しており、ハッとした様子で少年と目を合わせる。その刹那、これまた凶悪、凶暴な人相をした人間に肩をぶつけてしまい、少女は因縁を付けられる。曰く「そんなもの着やがってチョロチョロすんな」曰く「ここはニッポンなんだよ。あんなゴミみたいな国の服着てていいわけ?」と。そして刃物を取り出したる暴漢にチマチョゴリを切られ、もののはずみで、ええ、ものにははずみってものがありまして、それが映画なら尚更で、ええと、胸の辺りを、こう、ブスッと刺されて少女は事切れる。
 傍観、ただ見ているだけで何も出来なかった。少年は自分を責め、真っ裸でベッドで丸まるなど奇行に走り、奇行が高じて刺されて死んだ少女の葬式にまでストーキングを行なってしまい、しかも、そこで死んだ少女そっくりの双子の片割れを発見し、後を尾ける内に、少女に「あんた何?」と怪訝な顔で問われるのだが……。

 こんなものは序章も序章、地獄巡りはここからである。
 然る後、幾つかのプロセスを経て……あっプロセスというのは、

(1)半ば巻き込まれるかたちで少年は強引な少女に振り回される。
(2)色々あって旧日本軍の毒ガス(精製マスタードガスです)を手に入れる。
(3)「世界を変える」と決意をする。

 の三段落ね。
 でね、でね、まあ、若者らしく「世界を変える」なんて決意をしたのは良しとしましょう。その青臭さも後に振り返って「あの頃は馬鹿だったな~」なんて茶話になったりもします。善哉々々。
 でも、その手に持った、まあこう言っちゃ何ですが、チープな瓶に入った、毒ガスは、少々若者らしさ、ひいては道徳観/倫理観にそぐわない感じがしないでもないんですな。だってあんたら、目がマジだし。

 ほで、花粉症用マスクを装着し、毒ガス入りの瓶を携帯した少年と少女は、拉致被害者の会合にてくてくと向かうのである。
 盛り上がる拉致被害者の肉親の演説の最中、
「あなたは日本人ですか。日本という国を愛していますか」
「愛してねーよ、バ~カ」ガッシャーン!
 毒ガスで満たされる会合の場。阿鼻叫喚の悲鳴。

 ただ、飽くまで本作は「死」そのものを映さない。この凶行のホワイダニットである「少女の双子の姉の死」さえ映せば、それで作劇としては事足りる。物語内でこの毒ガスを使ったテロを幾度も少女が起こすのだが、それらはニュースで読み上げられるものであり、或いは記事として紙媒体に載るものである。このテロ殺人の記号化に、ただの露悪趣味ではない本作の主題が垣間見えたような気がした。
「世界を変える」そのマクロな意気込みに、各個人の死、というミクロ単位の視点は必要無い、とでも言いたげな。
 もちろん、低予算のせいもあるのだが、「世界を変える」とほたえていても、本作に於ける世界は基本的に少年と少女の二人称で完結しているので、内気で振り回される少年がどう変わるか、殺人行為を繰り返す少女にどういう運命が待ち受けているのか、そうしたことにしか観客の興味が向かなくなる、または話題の俎上に乗せられなくなる、というのは、ひとつの映画作品として強いところでもあり、弱いところでもある。

 で、物語も中盤を過ぎた辺りからロード・ムービー色が濃くなって、冗長なまでに少年と少女が徘徊する様子が描かれるのだが、そこで「この国でもあの国でもないどこか」を2人は強く希求するようになる。というか台詞で言う。
 勘の良い人はもう察せられたかも知れないが、この時点でもう、反日、だとか、在日、だとかはどうでも良くなっていて、ボーイ・ミーツ・ガールで世界が閉じるセカイ系へと作品は変貌してしまっている。

 何ということか。ネットで総バッシングされた本作の「反社会性」は、たかがキッカケに過ぎなかったのだ!

 ここに来て、過剰な愛国やナショナリズムは行き場を失う。
 脚本の井上淳一氏はこう言っている。「今の日本映画には『政治』がほとんど無い。政治をやってはいけないという政治、ノンポリティクスしかダメだというポリティクスが働いているとしか思えない~(中略)~拉致問題という微妙な問題を扱ったこの映画が成立し、公開されることは奇跡に近いような気がする」。
 元々、拉致問題に関しての北朝鮮バッシングに関する違和感から、本作は生まれたという話を聞いた。「え? 拉致問題で北朝鮮をバッシングすることに……違和感!?」という個人の見解はさて置いて、トークショウでもそう仰られていたし、また、自分たちはいわゆる「左翼」ではない、とも念を押されていた。身内の党派性とよく見られるがそうではなく、そもそも天皇陛下が先の大戦を総括していないことからすべての問題は生じているのではないのか――とも。ここらの話に関しては個人的に口をつむぐ。

 本作の製作に当たっては、まず『アジアの純真』というタイトルがあり、それはあの歌が祈りに似ていたからという理由に根ざすものらしい。モノクロである理由は、白か黒かしかない世界で「どこか」を求める少年少女を描きたかったから、というのは後付で、感覚的にモノクロがいいなとそうしてみたら、繋ぎ目なんかが判らなくなって結果的に得したと。
 特に印象的だったのは、本作を褒める人は後半が良いと言い、本作を叩く人は後半が蛇足だ、と言っているというお話。現実か、妄想か、虚構か、本質か、よく分からないことになった挙句とても分かりやすい壮絶なカタストロフを以て本作は幕となるのだが、はは、あれはあれである意味、ありでしょう。文字通り国境消えるわけだから!

 あと、トークショウで心に残ったお話などを少々。

 ■『アジアの純真』はPUFFYの原曲を使いたかったが、企画書見せた時点でソニー・ミュージックに断られた。でもタイトルには著作権は無い(!)ので『アジアの純真』というタイトルにした。
 ■というか、企画書の時点でほとんどの映画祭から追い出された。
 ■韓英恵の演技はブレまくり、笠井しげの演技はまったくブレないので協調性が高まった。2人がカラオケで『アジアの純真』を歌うシーンで「きちがいになって歌え」と言ったら本当におきちがい様になったので良かった。
 ■もし過激な人が来て、監督が刺されでもしたら話題になって客入るのに!(館内爆笑)
 ■ネットでバッシングしている連中、いわゆる「ネトウヨ」は実際に映画を観に来ない。パソコンの前で吠えているだけ。見に来いよ!
 ■予算が無いからパンフレットを作れなかった。なので、『シナリオ』誌の『アジアの純真』特集をパンフ代わりにしてください。そこサインもします!

 サイン、いただきました。

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