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究極に近しいカオスとの多幸感あふれる邂逅 『KABOOM』 - 1953ColdSummer

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究極に近しいカオスとの多幸感あふれる邂逅 『KABOOM』

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KABOOM 
Kaboom 日本公開未定 第20回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭上映時タイトル『カブーン!』
2010/アメリカ/フランス 監督:グレッグ・アラキ 主演:トーマス・デッカー


 生を希求する意思を放棄、半ば死んだようになって鼻くそをほじったり、それを丸めて飛ばしたりしておったら、電子メールが、ティロン♪ と届いたので、ティロリロン♪ と口ずさみながらメールボックスを開くと、「尊公はマーケットプレイスで中古品を購入、これに金を支払った。故に尊公には店舗を評価する義務がある。ささ、はよう星を付けて評価致せ。悪いようにはせぬから」といった文言が綴られており、何も言わずこれを削除、その後また死んだようになって鼻くそをほじったり、それを丸めて飛ばしたりしておったら、だいたいに於いて人間は、買い物をするために生きておるのだ。乃公がこのように死んだようになっておっても、家賃や光熱費、青汁の代金というものは発生するのだ。と、悟りを開いたようになって、鼻くそをほじったその指で買い物ボタンをぽちり、各方面で話題になっておる『KABOOM』という映画のソフトを輸入盤でこれ購入、安肴をつつき安酒を飲み食らいながら鑑賞した。

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 これが、また、ものすごく変な映画で、いや、「変」というよりも「ヘン」な映画で、あらすじを説明するのにも骨が折れる映画なので、カルシウムを補給しぃしぃ申し上げますとね、同性愛者やバイセクシャルの人がですね、超能力を使ったり、呪術を用いたり、どうぶつのマスクを被った怪しげな連中に命を狙われたり、ハッテン場で快楽に溺れたり、最終的に事の真相が明らかになった後、無茶苦茶な終わり方をする映画なんですね。何を言っているのかよく分かりませんね。ええ、自分でもよく分かっていませんから。

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ルームメイトのソー(Thor)君。元ネタは『マイティ・ソー』なのかしら……。似ているといえば似ているし。

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 どうぶつのマスクを被った怪人が物語に介入してくるという点では、『ドニー・ダーコ』を連想させるし、マスクで顔を隠すという行為の、フーダニット、ハウダニット、ホワイダニットに関しては、クライマックスで辛辣に注釈される。
 覆面を被っている変態が覆面を脱いでハッハー実は俺様だぜ! とこれ見よがしにやるのには既視感が付き纏うし、事実、サスペンシヴな展開、骨子の部分では、今風に言うと、いただき、ってんですか。そうした他作品からの影響が見られる。と、見栄を切ってはみたものの、その「他作品」が具体的にどれなのか、引導渡すように指示できないのがもどかしい、ので、印象だけでええ加減なこと言うとったら殺すよ、なんて凄まないでいただけるとありがたい。それだけ普遍性のある「印象」を、希釈することなく物語に組み込めるのは、阿呆か、天才の仕事なのだから。

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 本作には、他人に乞言するが如き妥協は一切なく、やりたいことを、やりたいように、やりまくってみました、という利己性、身勝手とも言う、が、全編に渡って文脈を支配しておる。ふつう、そんなものは観客にとって、苦痛、不快、嘔吐感などを催させる作品作りの姿勢と詰られても仕方がないものなのであるが、はは、本作の初出が、東京国際レズビアン&ゲイ映画祭、ということからも分かるように、元々美しからぬ出自、皮相的な時間の流れを抱いた作品である。やりたいことを、やりたいように、やりまくった結果として、露悪的な性愛がぬめぬめと画面を彩り、セックスこそ天維である、とそんなことを監督が言ったのかどうかは知らないが、とにかく、セックス、おっぱい、おっぱい、セックス、ちんこ、ちんこ、セックス、お尻の穴、と、リズミカルかつポップに性交が描かれる。と、いうか、スリラー・タッチなパート以外は、ぜんぶセックスシーンじゃないのかこの映画。

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ナマモノ専門のやおいなお姉さんも大喜びだ!

 サスペンス乃至スリラー乃至ホラーといったジャンルに半歩足を置き、それを主軸としていながらも享楽的/退廃的なセックスに耽る映画……。殺人は妄想だったのか現実だったのか、意味ありげに挿入される赤い箱やメモリーカードは何だったのか、ゲイとレズとバイと超能力者が一所に会したことにどういった意味があったのか、答えは最後の最後に明らかになる。エロスで手広く盆暗と助平を集め、究極のタナトス……ああ、もう、ネタバレとかに配慮せず言ってしまいたい! フォントサイズ7で書いてしまいたい! この作品が最後にどうなるのかを、耳の遠い老体の鼓膜を突き破るほどでかい声で叫びたい! のだが、この急転直下の物語(決して上昇しないところがポイントである)、メタ・フィクションの構造そのものを意地悪く嘲弄するが如きこのカオスをひとりでも多くの人に楽しんでいただきたいので、黙っておく。ええ、家の裏に穴掘ってそこに毎日ネタバレを叫ぶとかして我慢しておきますから、ええ。

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 ばかみたいな顔をして、映画をほへーっと観ておると、たまに「りゃりゃりゃ、りゃりゃりゃ、これってもしかして傑作ちゃうんけ?」と目を皿のようにしてしまうことがある。それは幸福な映画との出会い、邂逅の瞬間であり、一節によると同量の香辛料と物々交換されるほど価値があるものであるらしい。今年に入ってから時間と身体の許す限り多様な映画を観てきたが、糞虫野郎が、と壁にガンガン頭をぶつけるほどの駄作には出会わなかったように感じる。幸福な映画との邂逅、邂逅、邂逅、はは、本作、『KABOOM』は、その点を講じて考えると、面白いやおまへんか、人生面白いやおまへんか、死んだようになっとる場合ちゃうで、と、少しく活力を与えてくれる映画であったと断言できる。そうしてわたしは鼻をほじるのを止め、野良犬のようにひょろひょろと映画の旅路へと旅立ったのでありました。




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