外壁塗装 東京

現代の上映禁止! 発情アニマルたちがハイソな女流作家様を蹂躙する! 『アイ・スピット・オン・ユア・グレイヴ』 - 1953ColdSummer

1953ColdSummer ホーム » スポンサー広告 » 映画 » 現代の上映禁止! 発情アニマルたちがハイソな女流作家様を蹂躙する! 『アイ・スピット・オン・ユア・グレイヴ』

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



現代の上映禁止! 発情アニマルたちがハイソな女流作家様を蹂躙する! 『アイ・スピット・オン・ユア・グレイヴ』


ispid2.jpg

ispid1.jpg

アイ・スピット・オン・ユア・グレイヴ 
I SPIT ON YOUR GRAVE
2011/アメリカ 監督:スティーヴン・R・モンロー 主演:セーラ・バトラー


 レイプ・リベンジ・ムービーの金字塔(金字塔はたくさんあります)、『悪魔のえじき』こと『発情アニマル』の、極めて志の低い幸福なるリメイク。
 大都会からやって来た美人でハイソで金持ちで高学歴な女流作家様を、ど田舎の意識も低ければ頭も悪い義務教育すら終えているのか怪しい貧乏底辺労働者の田吾作どもが、見下されたという被害妄想を爆発させ欲望の赴くままに輪姦してしまうという、ある種の人間の性癖、ニーズに沿った内容……というのは今さら説明する間でもないし、はは、映画的に面白いのは輪姦されて殺されかけた女流作家様改めチャンネーが復讐の鬼と化してからなので、本当、世間の生産活動や経済活動の埒外にある志の低い映画は楽しいなあと思う次第。

 新作を執筆するに辺りど田舎の別荘へと向かう女流作家様。途中のガソリンスタンドで田舎っぺにナンパされかけるものの私は貴方達と住む世界が違うのよと袖にし、別荘にたどり着いたのだが、そこで水周りの修理を頼んでからというもの、何故か誰かに覗かれているような気色の悪さを覚える。実は修理工はガソスタに居たカッペどもと仲間で、夜な夜な女流作家様を盗撮していたのだ。そして、「都会の女がこんな辺鄙な所に来る理由はただひとつ。知らねえ男とハメ狂いたいんだ」とたいへん身勝手で意味の通らない結論に達したカッペどもは、女流作家様のロッジに押しかけネッチョリといたぶる。隙を見て逃げ出す女流作家様。迷い込んだ森の中で保安官に出会い一安心するものの、実は保安官もグルだったのだ……。そして女流作家様はカッペどもに輪姦される。具体的に言うと、ケツの穴に入れられたりする。事が終わった後、ふらふらと川に落ちる女流作家様。カッペどもは証拠を隠滅し、それぞれの日常に戻っていったのだが……。

ispid3.jpg

 やはは、面白かった。『悪魔のえじき』にあった多段レイプ(多段?)こそざっくりと削られてはいるものの、いざ事に及ぶまでの空気がヒリヒリとサスペンシヴで、事に及んでいる最中も、性描写というよりも暴力描写の文脈で撮られてあって、犯られている女流作家様も「オオウ! ガオウ! ガオウ!」と獣のような咆哮を上げておる……とは言い条、アメリカ女は和姦だろうが強姦だろうがこうした吠え方をするので、むしろカッペどもの仕草に期待したかったのだが、こちらはほぼオリジナル版と一緒。ハーモニカを吹いているところとか、もうね。
 ただ、性器や行為を直接的には見せていないので、こうした悪い冗談を笑って済ませられるような人々にとっては間口の広い一本であることも確かなので、オリジナル版を観たことが無い人もこれを機にレイプ・リベンジジャンルに挑戦してみては如何でしょうか。

ispid4.jpg


 さて。
 
 それから実は生きていた女流作家様改めチャンネーが加害者を殺してまわる、復讐パートが始まるのだが、この復讐の匙具合、趣向、方向性といったものがずいぶんと現代風にアレンジされており(ちょっと『SAW』を思わせる)、レイプ・リベンジには付き物のチンコ切りもあるのだが、ここだけはやはりオリジナル版を見ているのとそうでないとでは物語的な深度の尺が測りづらいとは思う。が、チンコがチョッキンと切られるという画ヅラだけでも楽しいものであるし、そのチンコが更に口に押し込められるなんて事態が起きた日にゃ、ゴールデンカップを通販で買ってしまいそうになってしまうのである(通販サイトを開きながら)。
 兎角、チンコ切り以外にも復讐は豪快で痛々しく、また気の利いたものであるので、グラン・ギニョールとしての狂気も存分に孕んでおります。

ispid5.jpg

ispid6.jpg

ispid7.jpg

 何かで読んだか、何かの本の題名だったかはど忘れしたのだが、「レイプは魂の殺人」という一節を見かけたことがある。
 なるほどなぁ、山口百恵ちゃんも「女の子の一番大切なものをあげるわ~♪」と歌っておったしなぁ、その頃わたし産まれていなかったけど。と何故か心に残る言葉であったので、いまだ持って憶えておるのだが、本作の主人公のように、魂を何回もえげつない方法で殺された人間にとっては、これは呪いの文言とも成り得るのではなかろうか。「レイプは魂の殺人」という言葉があるからこそ魂を殺されたと自覚してしまい、その一節が世に存在することから、レイプされてしまった自分の社会性は閉塞されていってしまうことになる。

 ……女性の立場で考えた場合、まあ、そこまでされりゃ自ら縊れるか、逆に復讐するかの二択しか無くなってしまいますな。そんな立場の女性に対し、悪い思い出はとっとと忘れて社会復帰なさい、とか言うのは最悪最低の暴力だ。よく、「もう大人なんだからグジグジ言ってないで自活なさい」みたいなことを言う人があるが、ハタチが来たその瞬間、ピコーンとすべてが忘れられるならこの世に精神科や心療内科は必要無くなってしまう。ましてやレイプは魂の殺人、人殺し、滅殺である。殺すか殺されるかの二極化。復讐の極北。こうした人に安易にかけられる言葉を、自分は持たない。

ispid8.jpg

 ただ、女性が一方的な被害者であると断じるのも、逆差別の地獄へ半歩足を踏み入れた安易な意見であると感じる。
 本作のようなジャンル映画の感想でこうしたことを書くのは無粋だとは百も千も承知ではあるが、「非が無い女性」と「欲望剥き出しの男性」という、極めて簡潔化された性別に、本当にみんなを納得させる力はあるのだろうか? 絶対なる正義は存在しない。絶対悪は存在するが、絶対に悪くない人間は存在しないのだ。そこを作為的にフェイクで隠すレイプ・リベンジ・ムービーには、ちょっとした教訓もある。女のケツの穴を犯した保安官は、ケツの穴に猟銃を突っ込まれ身体を縦に撃ち抜かれて死んだのである。

ispid9.jpg

 本作ではレイプする側の男どもにもキャラクター性を付与されておって、オリジナル版『悪魔のえじき』では全体的に知恵遅れ気味だったのが本作では知恵遅れは一人、他には保安官、撮影マニアなど一応のキャラは立っている。だからこそ、一人々々の死が面白くなっておるのだが、大体が「自分が女性にした事」をそのまま因果応報で返されているのが素朴な趣向で中々良いと思う。

 チンコちょん切りはどの行為に対応した復讐なのであろうか? レイプそのものに対する普遍的な嫌悪? などと考えてもみるが、まあそれは「カンフー映画って何でカンフーで闘うの?」みたいな問いなので、深くは考えないことにする。


アイ・スピット・オン・ユア・グレイヴ [DVD]アイ・スピット・オン・ユア・グレイヴ [DVD]

ビー・デビル [DVD] 血みどろの入江 -HDリマスター版- [DVD] REC[レック:ザ・クアランティン] 2 ターミナルの惨劇 [DVD] HATCHET After Days [DVD] クロエ [DVD]

by G-Tools


悪魔のえじき〈ヘア無修正版〉 [DVD]悪魔のえじき〈ヘア無修正版〉 [DVD]

アイ・スピット・オン・ユア・グレイヴ [DVD] 鮮血の美学(プレミアム・エディション) [DVD] 隣の家の少女 [DVD] ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う ディレクターズ・カット 完全版 [DVD] 影なき淫獣 完全版 -デジタル・リマスター版- [DVD]

by G-Tools




関連記事
スポンサーサイト



コメント
非公開コメント

ものすごく長くてすみません

読んでいて「???」となったので…

> そんな立場の女性に対し、悪い思い出はとっとと忘れて社会復帰なさい、とか言うのは最悪最低の暴力だ。よく、「もう大人なんだからグジグジ言ってないで自活なさい」みたいなことを言う人があるが、ハタチが来たその瞬間、ピコーンとすべてが忘れられるならこの世に精神科や心療内科は必要無くなってしまう。


レイプ被害者が「レイプされたことなんてとっとと忘れる」のは不可能なので、そんなことを言う方が非常識で完全なる言葉の暴力だと思いますが
大人が自活するのは不可能なことではないどころか例外的な状況を除いてむしろ常識的な行動であり、扱いでは…
なぜこの両者を同列に挙げられたのでしょうか。
ハタチになる瞬間まで自分が大人になることも、そう見られることも知らなかった!という人がいるなら別ですが…むしろ大人になるため、来たる自立の日のために、少年時代とか学生生活という猶予期間が存在するわけで。
目安である20歳という年齢も、早すぎる、酷だ、とは思えないのですが。

「人の心はいろいろあるのでそう簡単にはいかない」ということをおっしゃりたかったのかもしれませんが、基本的に自努力ではどうにもできないレイプ被害者と、他の何より自努力が求められるパラサイトシングル状態(の人が言われる言葉)を並べるのは、ちょっと的外れすぎるのではないでしょうか。

それから、


> ただ、女性が一方的な被害者であると断じるのも、逆差別の地獄へ半歩足を踏み入れた安易な意見であると感じる。(中略)
> 絶対なる正義は存在しない。絶対悪は存在するが、絶対に悪くない人間は存在しないのだ。


その安易な意見というのは、一体どこで通っているものなんでしょうか? この映画も、世間的にも、女性イコール一方的な被害者であるなんて断じてはいないと思いますし、電車痴漢など昨今はむしろ声を上げた女性が「どうせ冤罪だろう」と一方的な被害者どころか加害者であると断じられる有様ですが…

そして、これが人間の性質の話なら100%の善や正義は存在しないという観念的な話にもなるでしょうが、「一方的な被害者」という立場を断じるのに「絶対的な正義」に置き換えるのは的外れです。被害者を被害者と断じるのに、その人が正義の人である必要などないはずなのです。
「絶対なる正義でなければ一方的な被害者とは言えない」というのは、正直言ってゾッとする考えかたです。なぜならそれは犯罪被害者の女性が常に求められてきた世間の異常な要求そのものだからです。レイプや殺害をされた女性でも、事件に一切関係ない大昔のセクシープリクラの一枚も出てこようものなら「こんな女なら仕方ない」「こんな女だから狙われるんだ」「誘ったんじゃないのか」と中傷はどこまでも飛躍します。
女性被害者は無垢な天使でなければ被害者たり得ない というまさに地獄のこの社会の根幹を成す思考を展開しながら、こういう映画を見て「逆差別の地獄」という正反対の心配をなさるのには驚かされました。
そもそも「非が無い女性」と「欲望剥き出しの男性」の事件は現実に日常的に起こっているわけで、それを認めるのが逆差別に通じるなら、むしろ男性とはどれだけ非がない生き物と考えられているのか、理解に苦しむところです。

原典の『発情アニマル』の方を見た方が、「女が酷い扱いを受けている映画だけど、こんな人間をやめた動物のように描かれている男性の扱いも酷いといえる。だからこの映画の男女の扱いの酷さは平等」とおっしゃっていました。持たれた印象は同じなのにそこに描写の平等性を感じる人もいれば、逆差別の懸念を提唱する方もいて、対照的で興味深いですね。

20160321 06:22 │ from いとみみずURL Edit

トラックバック

http://d1953coldsummer.blog64.fc2.com/tb.php/733-1709a8f3

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。