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『野火』 - 狂気の緑の地獄を、歩いても歩いても - 1953ColdSummer

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『野火』 - 狂気の緑の地獄を、歩いても歩いても


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FIRES ON THE PLAIN
2015(2014)/日本/PG12 監督/塚本晋也 音楽/石川忠 出演/塚本晋也/リリー・フランキー/中村達也/森優作/他 原作/大岡昇平/『野火』
なぜ大地を
血で汚すのか
 


 ここ数ヶ月ほど腰痛に悩まされている。
 あぐらをかけばずきずきするし横になればぞくぞくするし、映画館で座席にはまり込む場合もベストポジションを決めてからでないと嫌~ンな汗が滲む。そして腰をさすりさすり生き永らえるその様は餓鬼道めいているのだが、痛いのだから仕方がない。
 何も腰痛だけに限った事ではなく、生きるには痛みが伴うもので、『冷たい熱帯魚』(感想)の社本くんなんかは「人生ってのはな、痛いんだよぉぉぉ!」と絶叫しながらおもしろい事になってしまったわけだが、そんな事はまあどうでもいいとして、手羽先を食えば骨が口内に刺さるし、猿回しをすれば色気づいた猿に引っ掻かれるし、そこら辺をぶらぶら歩いているだけでも通り魔にいつブスっとやられるかも分からんのである。

 かかる痛み苦しみに特化した身体性を、過剰に提示してみせたのが塚本晋也版『野火』である。
 腰が痛いだの生きるのは痛いだのと言った泣き言のたぐいすら許さぬ戦場の地獄絵図を以て、腰が痛い生きるのは痛いという向きをより一層ぎゃん泣きさせる肉体性に基いた趣向。弾丸は貫通し腕はちぎれこぼれ落ちた脳味噌を踏み潰される、なんて描写は序の口で、本作の真髄の針は、苦痛を我慢しながら行動する苦痛そのものにぶっ刺さっておる。

 例えばちょっと体調が悪い時。
 そう、「ちょっと」体調が悪い時ですら何事をするにも億劫になり、でも億劫で居るままでは社会生活を営めないので、無理をしてあれこれしなければいけないのだけれども、この「無理」をしている時に身体は苦痛を訴え頭は呪詛でいっぱいになり、永遠とも続くような苦しみに気も狂わんばかりになる。かつて「私は時折苦しみについて考えます」と歌った歌手があったが、現在進行中の体調不良に脳内のリソースをほぼ占められる苦しみは多くの人間が味わった事があるだろうと思う。

 そして、『野火』である。
 フィリピンはレイテ戦で極限状況下に置かれた兵士たちの病・飢餓・抑圧・苦痛。
 
 苦痛の最中も動き続けねばならない。ここはグリーン・インフェルノ。停滞はどんどん生命を吸い取って行く。半ば力尽きた同胞たちを尻目に殺して歩き続ける田村一等兵(塚本晋也)のうつろな眼差し。それは戦場という特異な場に固有のものではなく、苦痛をおして行動する人間が常に有する普遍的なものだ。
 だけれども、日常で腰痛で悩んでいようが戦場で命のやり取りをしていようがこういう目をしてしまうとは言っても、その比率は圧倒的に違うのだし、連なる結果ももちろん別物で、少なくとも腰痛を我慢して行動した人の方は、食人はするまい。ただ、結核に飢えに苦しむ田村の消え入りそうなかすれた声やふらふらとした足取り、覇気の無いにも関わらずぶっきらぼうな物腰などは、多くの観客に思い当たる節があるだろうと思われる。辛い時にこんな感じになってしまった経験はある、あるかなぁ? と。
 それこそがこの「戦争映画」の普遍性であり、自分がもし戦場に居たら、と思わしめる仮想体験の拠である。

 兎角、自分ごときの筆力ではこの偉大なる自主制作映画の魅力の1/100も伝えられないので、是非とも劇場に足を運んでいただきたい。DVDの発売は無いとの噂もあるので、観逃すと一生ものの後悔になるかも知れないので。


野火 (新潮文庫)野火 (新潮文庫)
大岡 昇平

俘虜記 (新潮文庫) 戦艦大和ノ最期 (講談社文芸文庫) レイテ戦記 (上巻) (中公文庫) レイテ戦記 (下) (中公文庫) 靴の話―大岡昇平戦争小説集 (集英社文庫)

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