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『スティーブ・ジョブズ』 Apple戦国時代の貴種流離譚 - 1953ColdSummer

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『スティーブ・ジョブズ』 Apple戦国時代の貴種流離譚


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スティーブ・ジョブズ 
JOBS
2013/アメリカ/G 監督/ジョシュア・マイケル・スターン 出演/アシュトン・カッチャー/他
最低な男が、最高の未来を創った。


 Microsoft社のパソ・コンで世間の動向やどうぶつニュースをチェック、Apple社のタブレットでぽちぽち当日の生活の予定を組み、SONY社のプレイステーション3を頭頂に結わえ着けると、よく分からん台湾料理屋に出向いてベルギービールを安物ジョッキで呑み、勘定を空惚けておる非ブランド志向の私にとって、スティーブ・ジョブズという人の話は鬼門であり、障害者専用スペースに車を駐めて恬然としていただとか、IBMやビル・ゲイツをこれ極めて口汚く罵ったであるとか、ワガの不在時に寺社に涼みに行っていた侍女たちを処断したであるとか、ROCKな逸話はこれ漏れ聞こえてくるものの、如何な尾鰭に化かされたか判断し兼ぬる事もあり、評伝・伝記すら読まずに映画『スティーブ・ジョブズ』にてぼらぼら真偽を確かめようとする類人猿@俺。
 つっても、滅びに至る道を自ら求むのは戸愚呂弟くらいのものであって、乃公は映画として、ひとつのシネアストの表現手法として、とか高尚ぶらずとも、まあ、『ソーシャル・ネットワーク』程、とは言わんでも、最近、自分の中で再評価の機運が高まってきた『マンモス 世界最大のSNSを創った男』くらいには娯楽として、ITにほたえ狂った男、を消費できるかしらン、とか何とか、胸中の不純な監視哨をすりすり磨きながらこれを観に行ったのだけれども。

 ほで。本作にまなざされたスティーブ・ジョブズなる御仁とはどういうキチガ……じゃなかった、林檎の伽藍であったのか。
 一応、公平・公正・相互監視の平等をもう嫌々期するために言うておくと、私の「エキセントリックな人」の基準、つうのは、例えば、自動車事故を繰り返してオルガズムに達する人や、フライドチキンを陰茎に見立てて口淫をさせたりする人などの事であって、何を申されるか、それは変態であろう、という声もあろうが、少しく待っていただきたい。変態していない、詰まる、映画として純化されていないエキセントリックを弄する本作のスティーブ・ジョブズの人物像は先に述べたように伽藍、これの五燭光は、社内政治を主として照らしおったのである。

 冒頭、iPodの発表会から始まって、プレゼンの天才、つうジョブっさんのイメージが植え付けられる。
 携帯音楽再生機などを片手に、例えば私が早口でその利便性をまくし立てたらば、はな、その場で官憲に捕縛され、カツ丼を挟んで「ポンプ? それとも炙りか?」などと問い詰めらるる事は必至なのであり、それを鑑みてもジョブズという人の凡庸ならざる煌きに揉み手でへつらいたくなるのだけれども、それが四角四面の社屋、いやApple社がどんな建築様式なのかは寡聞にしてよく知らないが、主に、社内に指向された煌きが殆どである、つう事実に気付いたとき、私は揉み手を止め、へつらいたくなくなったのである。

 本作、『スティーブ・ジョブズ』に於けるジョブズの私生活の描写は凡庸に類するもの、つうか、退学しても勉学を続けたなどのエピソードをホンにして、ごく忠実にごく差し障りなく添えてみました、てな朝凪めいた停滞を感じてしまう事は否めない。私生活の描写の掘り下げの浅さ、伝聞以上でも以下でもない「私人」としてのジョブズ。この「あ~何か知ってら~」としか思わせない平々凡々たる案件の羅列は何なのだろうか。然しくして、社内政治、人事に宣伝となると俄然、描写の熱量が違ってくるのである。専門技術的なものや現場業は上手にぼかされてはおるものの、設計思想にまつわる専制独裁狂信横暴はジョブズの言動の節々に強調され、ジョブズ追放に至るには、ワガの子供を認知しなかったっつう事よりも大事ぞとばかりに(まあ実際大事だったのだろうけれども)ヤマとして持って来られる。

 が、斯様な社内源平南北朝を以てしても、製作陣の貌が見えて来ず……端的に言ってしまうと、既視感を作家色で塗り潰すとまでも言わんずでも、Appleユーザーをして虚構含めて驚かせるような、監督のエゴの発露、ジョブズを題に採った二次創作的な向きに舵を傾けても良かったのではなかろうか。

 映画は当然、観客に随心供仏するものではないので齟齬は常に生じ得る。本作にしても、散々っぱら上でおめき散らしておいてアレであるが、実は結構なこと事実とは違う諸々が盛り込まれておるとの話である。だが、そこに齟齬や論点の取っ掛かりを見出だせず、自分がごとき凡百ブランドユーザーにも、そして恐らく熱狂的なAppleユーザーにも、つるんっと表層を撫ぜられて「はは、おもろかった」と真顔で言われるには、スティーブ・ジョブズという人物は惜し過ぎる。この人物の信条信念ポリシー我儘は自分の内なる神に対する信仰として、そして観客にとっては憧憬として、映画の魔法で顕現させるべきではなかったのか。さすれば、『ソーシャル・ネットワーク』で描かれたマーク・ザッカーバーグの心のヴォイドと対を成すものとして、資本社会の神話たり得た可能性すらをも感じてしまったのに。
 本作のパンフレットの、露骨に『ソーシャル・ネットワーク』と『コズモポリス』のメインヴィジュアルを意識したレイアウトからはIT神話大系のテンプレートの萌芽を見る。そして、今日もiPhoneからTwitterやFacebookにポストしている人は世界に何人くらい居るのだろうと阿呆のような事に思いを致してしまうのだ。


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