[PR] ヨガポーズ

DrasticDramatic

1953ColdSummerの雑文コンテンツ

≫ EDIT

  • このエントリーを含むはてなブックマーク
  • |

    『鈍獣』 殺しても殺しても死なない! 究極の鈍感! (2009/日本 監督:細野ひで晃 脚本:宮藤官九郎)




    donju1.jpg

     浅野忠信や北村一輝、ユースケ・サンタマリアに南野陽子が激しい怪演を見せるミステリ仕立てのミニシアター型コメディ……待てよコメディ仕立てのミステリ? それともサブでカルなシネフィル向けの自己満足ムービー? ええい鬱陶しい。
     どうカテゴライズできるかはややこしいので割愛するが、登場するキャラクターの一人々々にいちいち個性があり、「休憩所にいるときの感覚で演技に望んだ」という浅野忠信の、普段は絶対に見せないような間の抜けた演技を筆頭とする役者陣のテンションが、何とも怪作たるに相応しい異様な空気を醸し出している。
     敢えて子役を使わず、過去の回想シーンをアニメーションを挿入し見せている部分などは明らかにサブカルテイストを意識していて、なまじ子役を引っ張ってくるよりは印象付けに成功しているのだろうが、この唐突に挿入されるアニメーションが駄目な人は、多分本作自体が駄目なのだろうとは予測される。余談だが、このアニメーションを手掛けたのは『鉄コン筋クリート』の西見祥示郎。

    donju2.jpg
    浅野忠信は、自分のイメージを根底から破壊する演技を見せる。

     失踪した作家・凸川を追う担当編集者の静。凸川は「明多川賞」を受賞した小説『鈍獣』の作者であり、その突然の失踪が新聞を賑わせていた。そして、静は凸川の足跡を追う内に、すべてが相撲を中心にしているという変な町「ときわ」にたどり着く。そこは凸川の故郷であり、凸川の幼なじみであるという変な面々に出会う。そして、静は『鈍獣』は彼らをネタにした小説であることを知り、またネタにされた彼らは凸川を殺害する計画を立て、何度も実行するのだが、何回殺しても凸川は恐るべき「鈍さ」でまったく死なないのであった……。

     元々は戯曲であり、舞台を想定していたという作品であるからして役者陣のオーバーアクトや脚本の大仰さはあるものの、全体的には良い仕事をしていたように見える。この手のミニシアター型サブカルムービーには予算や脚本の都合上のケレンは付き物だが、それに足元を掬われることなく終始このテンションで貫き通した本作は、CM出身の監督が台頭しつつある現状のひとつの答えなのかも知れない。ただ、CM屋から転身した監督たちの演出の定番であるチープだけど派手なセットや、唐突に挿入されるCGやアニメーションといったパターンに一種の懸念を覚えはするのだが。

    donju3.jpg
    真木よう子は浮くことなくすんなりと馴染んでいた。

     殺鼠剤、トリカブト、銃殺に撲殺、挙句轢殺と何回殺しても次の日には平気な顔をして現れる凸やんこと浅野忠信。この天真爛漫な怪演こそが本作の売りであるのだが、脇を固める北村一輝たちの怪演も引けを取ってはいない。小悪党よろしくユースケ・サンタマリアと凸やん殺害計画を練り、そして毎回生きていた凸やんを見て驚愕するその様子は、100分弱の作品内に一種の様式美すら作り出しており、しかも単調にならないように小ネタやギャグを散りばめ、退屈させないものになっている。何よりもキャラの個性が非常に立っているので、凸川が登場しなくとも決して間延びすることはない。

    donju4.jpg
    凸やんに立ち向かう、ホストクラブ『スーパーヘビー』の面々。

     映画というよりは、やや舞台に近しい美術のお陰で物語含め少々ケバが立ったものになっている、という意見は肯定する。『下妻物語』を筆頭とする中島哲也作品を思い出していただければ分かると思うのだが、やはりCM出身の監督は、視覚的に説明する、或いは強調するという部分に比重を置き過ぎるきらいがあり、地の演技で薄く説明するという手法には縁遠いように思われる。

     本作の場合ではケバ立った美術や演技がプラス要素として作用しているから良いようなものの、これは一歩間違えれば「別に映画じゃなくても舞台やCMでいいんじゃないの?」と疑義を差し挟まれる危険を孕んでいる。そこには、映画の文学性と詩美性のバランス云々というまた別の意見があるのだが、これは後日記すとして、兎角非常に危うい画作りであり、ギャンブル性の高い美術嗜好であることは指摘しておく。

     ……と、ごちゃごちゃ言ってはみたものの、結果としては退屈せずに観ることができた映画なので、これからも続々登場するであろう映画以外の映像作品から転身してきた監督には、変に自縄自縛にならず別の分野で培ってきた技術をセンシブに活かして楽しい映画を作ってもらいたい。
     
    鈍獣 プレミアム・エディション [DVD]
    鈍獣 プレミアム・エディション [DVD]
    ジェネオン・ユニバーサル 2009-11-06
    売り上げランキング : 1312


    Amazonで詳しく見る
    by G-Tools






    ランキングに参加中。クリックすると君も真木よう子のおっぱいにタッチできる!

    はてなポイントを送信する(IDは D1953ColdSummer です)

    web拍手(匿名でメッセージを送信できます)

    | 映画 | trackbacks:0 | TOP↑

    ≫ EDIT

  • このエントリーを含むはてなブックマーク
  • |

    『ターミネーター4』 ブランドに於ける印象論の呪縛。 (2009/アメリカ 監督:マックG)




    t4s1.jpg

     ターミネーター・シリーズは『ターミネーター3』できちんと完結している、ということを遠大に知らしめた第4作。メガホンを取ったのは『チャーリーズ・エンジェル』のマックG。

     印象論で語られる映画は数多いが(「ハリウッドで映画化」という響きの印象だけでものを語る人間も多いだろう)、ターミネーター・シリーズも同時代の『プレデター』シリーズや『ロボコップ』シリーズと並んで、印象、イメージ「のみ」で語られやすい映画である。ここは「ホラー」で幾多の作品を一括りにする人間や、「泣けた」の一言だけで何でもかんでも十把一絡げにしてしまう人間の多さからして、致し方ないことであろうとは思う。
     だが、印象が先行してしまった映画には、しかもそれが往年の名画のナンバリング・タイトルであった場合には、印象とかけ離れている=駄作、というレッテルを貼られやすいという、評価軸の単純さから来る悲劇的な性質がある。お決まりの定型句である、「2や3は初代を超えることはできない」という一見無知とも思える大多数の声は、馬鹿にできないほど大きな声なのだ。

     ターミネーター・シリーズは、前述した『3』でさえもファンによって悪罵を受け消し去られようとしている。
     だが、そんな『3』の方が本作『4』より面白かった、という評価を見るにつけ、自分の中では疑問が大きく膨らんでいく。駄目々々だった『3』の方が面白いというのはつまり『4』は駄目々々以下の凡百SFアクションなのか? と。
     だが、思うにこれは、『ターミネーター』ブランドに何を期待していたかによる「印象」での話であろうと思われる。例えば、本作に『ターミネーター』という名前を冠せず、適当に『未来戦争ジャッジメント・デイ』などと名付けたとする。そうすると、印象で評価していた人間のほとんどは別の評価軸を基準に本作を批評し始めるのではないのか? と。

    t4s2.jpg
    これが未来の巨大ターミネーターだ!

     印象々々と繰り返したが、ターミネーター・シリーズに於ける印象とは、「不死身の殺人マシンが殺しに来る」という印象が一般的だと思われる。サラ・コナーの存在やスカイネットは物語装置として決して軽んじられるものではないが、メインに据えるほどのものでもない。「不死身の殺人マシンが殺しに来る」。これこそがターミネーターの醍醐味であり、プロットの中枢を大きく占める「売り」である。

     さて、本作にはその「売り」がまったく見当たらない。シリーズを通し培った基盤である「不死身の殺人マシンが殺しに来る」という要素は完全に削られている。代わりに何を見せるのかというと、荒廃したポスト・アポカリプスの世界で戦争を繰り広げる人類VSスカイネットの、硝煙と爆炎にあふれた一大黙示録である。

     要するに、『ターミネーター』ブランドである必然性がどこにも見当たらない。

     定番のディストピア描写(荒野、噴き上げる炎、燃料難……)に、あまり魅力を感じない、中だるみしてしまっているストーリー。機械と機械のぶつかり合いやカーチェイスといったコードこそ埋め込まれているものの、それらはやはり添え物以上のものではなく、追う者追われる者といったターミネーターの基本すら廃した本作は、残念ながらわたしの評価軸から言って「面白い」とは言い難い映画であった。

     確かに画ヅラは派手なものであり、そのマッチョな世界観に酔う人間もいるかも知れない。しかし、特に突出した描写が無いメンツや、予定調和的な真相。これらは脚本……というか企画時点でもう無理があったのかもと勘繰ってしまう。
     何故なら、本作は純然たる「後日譚」に位置する作品であり、完結したものの「その後」を無理やり付け加えたような、蛇足の属性から抜け出せないことを約束されていたからだ。『3』で核の炎が幾つも立ち上った後日の世界。『ターミネーター』ブランドにはそんなことを記す余白は無かった。スカイネットに支配された未来が前提としてあって、そしてその上で現在を生きるコナー親子の物語こそがシリーズの基本の基本であり、鉄板であったはず。

     長々と個人的見解を書いてしまったが、やはり自分も印象論で語ってしまうという呪縛に捕われているのだろうと思う。ターミネーターだからこうじゃなきゃ駄目! というのは視野狭窄の無知な発言とも思われるだろうが、自分を呪縛したのは結局『ターミネーター』の魅力的なフォーマットなのだ。魅力的であったが故に、そのフォーマットから逸脱したものは許せなくなってしまう。
     こういう点を鑑み、もっと柔軟に映画を観ることができる人間になりたいものだ。

    ターミネーター4 コレクターズ・エディション [DVD]
    ターミネーター4 コレクターズ・エディション [DVD]
    ソニー・ピクチャーズエンタテインメント 2009-11-20
    売り上げランキング : 5

    おすすめ平均 star
    star何故4?
    starどっかでなんとなく観たようなシーンがいっぱい出てきます。
    star惜しい

    Amazonで詳しく見る
    by G-Tools






    ランキングに参加中。クリックするとモト・ターミネーターに乗って爆走できる!

    はてなポイントを送信する(IDは D1953ColdSummer です)

    web拍手(匿名でメッセージを送信できます)

    | 映画 | trackbacks:0 | TOP↑

    ≫ EDIT

  • このエントリーを含むはてなブックマーク
  • |

    『サムライプリンセス 外道姫』 作り物のバカに目くじらを立てる奴が一番のバカだ! (2009/日本 監督:梶研吾 残酷効果監督:西村喜廣)




    samuraigedou1.jpg

     はー残酷だ悪趣味だ不謹慎だ! と、いちいち作り物の映画や漫画やゲームに目くじらを立てる人々がいる。そうやって騒ぎ立て、我々の好きなホラーや切株描写や殺人行為を取り上げようとすることこそ我々の娯楽を人格とともに否定する、人間味に著しく欠けた不謹慎な言動だと思うのだが、まあ世間の良識様には寛容さなど期待してはいけないので、我々はこうしてこそこそと褒められたものではない映画を観、感想を書くしかない。その感想をウェブサイトやブログを介して全世界に発表するのは、我々に許されたささやかな抵抗だ。

    『サムライプリンセス 外道姫』は、「悪趣味」とされる想像力を力いっぱいミニチュア化し、世間の良識様に意図的に唾を吐きかけようとする小品である。『東京残酷警察』(自分の感想はこちら)のように野心作と呼べるほどのものではないものの、その人を喰った残酷描写や間を外したコメディライクな作りは充分に世間の良識様に喧嘩を売っている。「残酷効果監督:西村喜廣」のクレジットもキラリと光っている。

    samuraigedou2.jpg
    西村喜廣お得意の切株人体盛り。いつもながらいい仕事だ!

     グラン・ギニョールとして物語はあって無いが如しで、「からくり」という機械化人間が幕府により禁止されたいつの時代かよく分からないNIPPONのどこかの人里離れた森の中。そこである日、旅芸人の女性11人が野武士に陵辱され皆殺しにされるという事件が起きる。そこに現れた尼とマッドサイエンティストがそれらの死体を使ってからくり女サムライを作り出すのだが……。

     一応の筋書きはあるものの、基本的な構成は切株描写を強調するためのものがほとんどで、間違えてもドラマとか感涙を期待してはいけない。こういう手合いにストーリー・テリングの上質さを期待するのは、バーホーベンの映画に予算を期待するようなものである。B級B級という、身の程をわきまえたこじんまりとした作風こそを前提とし、その上で本編のグロテスクを楽しむのが「粋」というものである。

    samuraigedou3.jpg
    ドラマだストーリーだとうるさい! 血飛沫を浴びやがれ!

     間延びしたカット割りに寒いギャグ、そしてこれは故意犯であろうが時代設定を完全に無視した小物の数々。確かに本作は映画単体として褒められた出来のものではない。血がブッシュー! 腕がゴロン! 内臓がデロリーン! な映画ではあるものの、そのグロ描写でさえもやや的を外してしまっているようにも感じる。というのは、やはり人体破壊には意外性という味付けが必要で、さあグロ描写を見せますよと予告されては一気に白けてしまうからだ。ほとんどのシークエンスに「予告」めいたアクトが付属されている本作は、その点で大損をこいていると言える。

     だが、ラストバトルのはっちゃけぶりは非常に良い。作品全体がこのラストバトルに至る「予告」のようなものなので、ここまで大仰であるならば半回転して許せてしまおうというもの。トーキョー・ショックシリーズに通じるクリーチャーと人体破壊が添えられたバトルには中学生魂全開で見入ってしまう。

    samuraigedou4.jpg
    こんなクリーチャーが、

    samuraigedou5.jpg
    こんな女の子と勝負だ!

     心底バカにしか見えないものを「バカだ〜」とせせら笑うのはつまらない。つまらない人間のつまらない主張の肴になるためにバカは存在しているのではない。バカを見て「バカじゃ〜!」と鼻息も荒く興奮する人間をこそ我々は歓待すべきである。そうして世間の良識様との差が開いてばかりな人間こそボンクラと呼ばれる映画客層の一角だ。そこに冷淡な眼差しを向ける人間をわたしは決して信用しない。信用の担保はネイキッドな趣味嗜好であり、吟味されるべきは計算づくの主張ではない。だから、心底バカにしか見えない「作り物」に興奮し、世間の良識様を振りかざす「本物のバカ」には唾を吐きかけよう。ずっとそうしていよう。

    サムライプリンセス~外道姫~ [DVD]
    サムライプリンセス~外道姫~ [DVD]
    エースデュース 2009-10-23
    売り上げランキング : 5426


    Amazonで詳しく見る
    by G-Tools






    ランキングに参加中。クリックすると君も今日から11種類の武器を内蔵した殺人マシンだ!

    はてなポイントを送信する(IDは D1953ColdSummer です)

    web拍手(匿名でメッセージを送信できます)

    | 映画 | trackbacks:0 | TOP↑

    ≫ EDIT

  • このエントリーを含むはてなブックマーク
  • |

    『激情版 エリートヤンキー三郎』 湯水の如く顔面に消費される労力! (2009/日本 監督:山口雄大 原作:阿部秀司『エリートヤンキー三郎』)



    eysm1.jpg

     2007年に放映されていたテレビドラマの方はまったく観ていないので、原作ファンとして、そして本作を観た印象だけでものを語るが、まあ、同監督の『地獄甲子園』や『VERSUS ヴァーサス』、或いは坂口拓の『魁!!男塾』(自分の感想はこちら)を楽しんで観ることができた人間ならば、それなりに本作を観ても楽しめるのではなかろうか。
    「それなりに」というのは、本作の原作無視な逸脱っぷり……というか、いい意味でのスラップスティックさが、もう完璧に映画版ならではの画作りや役者依存を大前提としていて、ぶっちゃけた話、原作が『エリートヤンキー三郎』でなくとも、ミニシアター型B級ボンクラ監督山口雄大の作風に当てられてしまえば何を原作にしても同じような映画になってしまうのではないか? という疑問がまずあるからだ。

    エリートヤンキー三郎 1 (ヤングマガジンコミックス)
    エリートヤンキー三郎 1 (ヤングマガジンコミックス)
    講談社 2000-07
    売り上げランキング :

    おすすめ平均 star
    starどんどん読み進めたくなる勢いがあり、テンポも良い
    starほんと面白い
    starお腹抱えて笑う漫画です。

    Amazonで詳しく見る
    by G-Tools


     映画版に限定して言うならば、役者陣は非常にいい仕事をしていた。竹内力の顔芸でしょ。なだぎ武の顔芸でしょ。石黒英雄の顔芸でしょ。そして顔芸といえばしゃーりー……あわわ、うんこちんぽこ……あわわわ、いや、その、あっそうそう、仮面ライダーWの鳴海亜樹子鳴海亜樹子! 鳴海亜樹子こと山本ひかるの顔芸ですよ! 話に聞くとこの役柄はテレビドラマ版とは交代しているらしいのだが、山本ひかるの顔芸は日曜の朝のみに留まらず、ということを文字通り体現していて、素晴らしくサイクロンでジョーカーで私聞いてないよな感覚を観ていて味わったのであった。

     まあそんな顔芸話はどうでもいいとして。

     本作の役者陣のホームラン賞は、トックリというキャラを演じ、しかも殆ど台詞が無いにも関わらず、ギョロ目と存在感で完璧に脇を固めていた佐伯日菜子に贈呈されるべきであろう。竹内力のような過剰にデフォルメされた顔芸も観ていて楽しいのだが、全身のシルエットを含めた存在感といえばやはり本作に於ける軍配は佐伯日菜子に上がる。

    eysm2.jpg
    顔芸の嵐の中でも存在感は抜群な佐伯日菜子。

     そして、察しが良い方は前述の役者の起用を見て気付いているだろうが、兎角本作は山口雄大の従来の作品と比べて金がかかっている。キワキワなVFXをデンと盛り込み、贅沢に東映やくざ映画のパロディなども盛り込み、おまけに『SAW』のパロディまでをも盛り込むという、原作を完全無視して映画ファンにのみ通じる「お遊び」が随所に見られることからもかなり潤沢な予算があったのだろうと察することができる。

     だが、何故か話は顔芸の方に戻ってしまう。というのも、脚本や青写真には一切金をかけず、金をかける方向が明らかに視覚的な観点……というか、金があってもB級路線からブレない山口雄大は結局何に金を使ったかというと、出演料は別として、要するに自分好みのやっつけ感たっぷりのB級VFXに金を使っているのだ。ここで話は顔芸に戻る。だってさ、


    これもんの、

    eism4.jpg
    これもんの、

    eysm5.jpg
    これもんですよ。

     もう明らかに「顔芸」の範疇を超えていると思うのだが、顔芸に始まり顔芸に終わる本作であるからしてこれらも「顔芸」と呼ばねば収まりが悪い。

     オリジナルストーリーということで、極端に目立っている竹内力や、原作の設定を借りただけの三郎インクレディブル・ハルク化は当然賛否が別れるところであろうが、「楽しければ何でもいい」層と「楽しかったから許す」層の両方から笑ってもらえる、或いは(良い意味で)呆れられるであろう本作はある意味で、繰り返される邦画地獄の蜘蛛の糸になっているとも言える。
     個人的には佐伯日菜子が非常に良かったし、まあ原作も一応知っていて、且つ山口雄大がどんな映画を撮るかということも知っていたので、幸福な条件下で観ることができたといえばできたのであろう。時間も100分弱とあまり長くないので、他の方が観てもクドい馬鹿描写にも脂っこさを感じることなく笑って流せるだろうと思われる。結局原作を知っていても知らなくても楽しめる映画なのか。だとすれば本作の金のかけ方は正しい運用法と称揚されるべきものであるのかも知れない……のか?

    激情版 エリートヤンキー三郎 通常版 スタンダードエディション[DVD]
    激情版 エリートヤンキー三郎 通常版 スタンダードエディション[DVD]
    キングレコード 2009-07-08
    売り上げランキング : 23247

    おすすめ平均 star
    starこれは・・・

    Amazonで詳しく見る
    by G-Tools





    ランキングに参加中。クリックすると佐伯日菜子も人妻なのだなあと遠い目になる!

    はてなポイントを送信する(IDは D1953ColdSummer です)

    web拍手(匿名でメッセージを送信できます)

    | 映画 | trackbacks:0 | TOP↑

    ≫ EDIT

  • このエントリーを含むはてなブックマーク
  • |

    『Surrogates サロゲート』 とにかく表情と肌の質感を観ろ! (2009/アメリカ 監督:ジョナサン・モストウ)



    surrogates.jpg

     近い未来、人類は総ひきこもり化し、家に居ながらにしてオンライン経由で意識を転送し遠隔操作できる代理ロボット『サロゲート』にすべての用事をさせていた。『サロゲート』が見たり感じたりしたものは操縦者も体験することができ、戦争や国政の場でさえも『サロゲート』が大活躍していた。だが、ある日、パーティ帰りの学生の『サロゲート』が何者かに、奇妙な方法で破壊されるという事件が起こる。その事件の特異なところは、操縦していたユーザーも同時に死んでいることだった――。
     世界初の『サロゲート』殺人事件に立ち向かうブルース・ウィリス。このFBI捜査官は謎を解き明かせるのか……。

     というのは要約も要約、非常に大雑把なあらすじなのだが、まずブルース・ウィリスが、「すべてを『サロゲート』に任せっぱなしで一回も家から出たことがないFBI捜査官」という、非サロゲート視点から構築されたキャラであることが興味をそそる。
     そしてこれは全体を通したテーマであるからして、ネタバレもクソも無いので書くが、「誰が『サロゲート』か」ではなく「何で『サロゲート』か」というのが本作を貫く重要なテーマだ。冒頭に、機械化された義体から完全なロボットに移行するまでの過程がザッピングされる。この短いシークエンスが話が進むにつれ大きな意味を帯びてきて、最後にはガンッと殴られたかのような衝撃を与えてくれる。すべてを機械に任せた世界はユートピアなのかディストピアなのか、人間が人間らしく生きるためには武器を取らねばならぬのか、何度となく繰り返されたサイエンス・フィクションの深甚なテーマがここにある。

     とは言っても、説教臭さは微塵も無く、画ヅラだけを追うならばまんま『ターミネーター2』で『ダイ・ハード』なので、映画で脳内カロリーを消費したくないクソバカ……あわわ、省エネ脳味噌の保持者の方にも初見で楽しんでいただける映画だとは思う。
     兎角、画ヅラが派手々々しい上、爆発や火炎といった火薬臭の他にも、『サロゲート』たちの表情や皮膚の質感、動きが、どこからどこまでがCGなのかまったく判らないという楽しさがある。皮膚がもげた『サロゲート』は緑色の液体を撒き散らしながらチャチな金属骨格を見せたりするのだが、そういうお茶目も含めて『サロゲート』の機械々々した動きが目に楽しい。

     本作を比較するならば、『アイ,ロボット』……或いは、『攻殻機動隊』と比較してみると面白いのではないのだろうか。ロボット社会、意識の転送といったコードはSFによく織り込まれるコードであるが、頻発するが故に多様な解釈が出てきていちいち感心してしまう。「これはユートピア/ディストピアだ!」で終止符を打たれることのない循環性の高いテーマにこそ、単純なストーリーテリングは相応しい。
     そう。これは決して目新しいとは言えず(機械の質感以外)、人によっては食傷気味な映画なのかもしれないが、ここは前述のテーマを差し障り無く見せるためのスムージングと考えてみるのもいいだろう。単純な話であるが故に考えさせられてしまう。この愉しみがあるからこそ、映画を観、小説を読み続けるのだ。

    Surrogates
    SurrogatesRichard Marvin

    Lakeshore 2009-11-23
    売り上げランキング : 24610


    Amazonで詳しく見る
    by G-Tools






    ランキングに参加中。クリックすると人間自治区への切符をゲット!

    はてなポイントを送信する(IDは D1953ColdSummer です)

    web拍手(匿名でメッセージを送信できます)
     

    | 映画 | trackbacks:0 | TOP↑

    ≫ EDIT

  • このエントリーを含むはてなブックマーク
  • |

    『スペル』 DRAG ME TO HELL!!!!! 座敷ババアの恐怖と顔芸! (2009/アメリカ 監督:サム・ライミ)



    dmth1.jpg

     自主製作映画でやるようなことを商業映画で平然とやってのけた、サム・ライミのB級ホラー復帰作。方々で散々言われているが、本作は『死霊のはらわた』の系譜に位置するまごうことなきクラシカル・ホラーであり、オープニングとエンディングにババーンとでっかく表示される『Drag Me to Hell』の文字がライミの故意犯っぷりを匂わせる。というか邦題も『ドラッグ・ミー・トゥ・ヘル』のままで良かったのでは、というのはごく個人的な感想。

    dmth2.jpg

     銀行で働く主人公クリスティンは出世問題で悩むビジネス・ウーマン。仕事も恋もそこそこにこなせるものの、やはりどこか物足りない日々を送っている。
     ある日、薄汚い移民のばばあが銀行を訪れる。曰く、「家が抵当に入っていて押収されそう。ワシはもう30年もあそこに住んでるのよ! だからもうちょっと支払いを待ってくれんかね?」。
     が、出世志向のクリスティンはばばあの懇願などどこ吹く風。結局ばばあは家を押収されることになる。「よくもワシを辱めたな!」とクリスティンに凄むばばあ。だがばばあはそのまま警備員に引きずられて銀行を追い出される……。
     さて今日の仕事は終わりと駐車場に向かうクリスティンだったが、何か不穏な気配を感じる。周囲をキョロキョロ。後ろを見てビックリ! そこにはばばあが待ち受けていた! ばばあとの格闘戦(序盤の笑うところ)を経て、クリスティンはばばあからスペル――呪いをかけられてしまう。やがてクリスティンを襲う超常現象。クリスティンは、占い師、霊媒師に縋るのだが……。

     もうあらすじだけで70〜80年代の定番ホラーご馳走様といった感じなのだが、確かに本作は極めてオーソドックスな素材を料理した、スタンダードなものだ。だが、味付けは何と言ってもサム・ライミ。恐怖描写もあるレベルを超えるとギャグになるということを熟知しており、絶妙なバランス感覚で恐怖と笑いを提供してくれる。何も反語的に言おうとしているのではなく、本作には本当にコメディライクな「笑う場面」が多々配されている。目玉がビョーン! 頭に十字架がスコーン! とかね。
     が、何と言っても本作の傑出している点はローナ・レイヴァー演じるばばあ。シルビア・ガーナッシュという役名があるのだが「ばばあ」と呼ぶよ。このばばあがもう爪を立てるわ人間の顔にかじりつくわ泣くわ喚くわ叫ぶわ死人になっても襲い来るわで素晴らしすぎる。主役のクリスティンを演じるアリソン・ローマンも幸薄そうな顔で体当たりの演技(汚物まみれになったり顔射されたり)を見せているが、やはりばばあの存在感と強烈な顔芸の前にはその存在が霞みかけてしまう。
     ばばあ映画(筆頭:『ミザリー』)の新しい境地にサム・ライミが挑戦した! ……かどうかは知らないが、兎角もうばばあ、ばばあ、ばばあのばばあ三昧。ひび割れて茶色くなった汚い爪、咳と痰、乱杭歯な入れ歯(こんな入れ歯本当にあるのか?)、白濁した片目……すばらしくドメスティックなばばあの魅力が、1時間40分をあっという間に感じさせる!

    dmth3.jpg
    嫌がらせみたいな呪いでクリスティンを苦しめるばばあ。

     ここ最近のスラッシャー色を強めたホラーにはやや食傷気味だったこともあり、本作での良い意味で「ゆるい」描写には本当に感動した。観客を怖がらせたいのか笑わせたいのかが場面々々でメリハリをつけて強調されており、やっすい見世物小屋を恐々覗き込むような、ある種予定調和的な恐怖が何とも心地良い。

     遠まわしな人種差別ネタと田舎の田吾作差別ネタも皮肉めいていて非常に面白いし、そのネタが最後の最後に「ああっ!」と活かされる点は白眉。
     要するにクリスティンが3日以内に呪いを解かないと文字通り地獄へ連れてゆかれてしまうというシンプルなお話なのだが、これだけの過剰な演出を嫌味にならないように作品に盛り込んだライミの手腕はまさに映画作りの熟練。ゴアシーンをギャグとスレスレのコントタッチで繰り返す様子は、昨今のリアル志向なホラーに逆説的に挑戦しているようにも見えて、一回転した斬新さを感じさせる。
    ポルターガイスト』まんまの「呪い」も、低予算を逆手に取って極めてスタンダードに見せる。割れる食器、揺れるカーテン、空中に持ち上げられた人体……とコテコテな演出をさあどうだと見せられると、素直に屈服してしまいそうになる。クライマックスの墓場のシーンなどはサム・ライミ色全開で、ここに『死霊のはらわた』の総括を観た気分になり、ゲラゲラと笑い転げてしまった。

     さてここまで書けばもうおわかりだろうが、本作はホラーに免疫の無い人でも楽しめる作りになっている。切株描写が無い、というと物足りなく感じてしまうが、記号としての「恐怖」をコミカルにテンポ良く見せてくれる本作は、「ホラーって苦手だから」という拒否反応を無理なく取り去ってくれる。恐怖のツボよりも笑いのツボを押す事に比重が置かれた本作であるからして、ホラーの素人も玄人も同じ立場から観て笑うことができるのではなかろうか。必見!





    ランキングに参加中。クリックするとラミアの呪いから逃れられる!

    はてなポイントを送信する(IDは D1953ColdSummer です)

    web拍手(匿名でメッセージを送信できます)

    | 映画 | trackbacks:1 | TOP↑

    ≫ EDIT

  • このエントリーを含むはてなブックマーク
  • |

    『ヘルライド』 全米が黙殺した! 空回りするバイカー映画へのオマージュ。 (2009/アメリカ 監督:ラリー・ビショップ 製作総指揮:クエンティン・タランティーノ)




    hellr1.jpg

    デス・プルーフ』の如きグラインドハウス・テイスト全開の映画であり、故デヴィッド・キャラダインが敵組織シックス・シックス・シックスのボス役で出演していたりと、こう字面だけを追うと豪華で派手々々しく見えるが、全米2週目で劇場公開禁止……というか公開打ち切りになったという事実がすべてを物語っている、『イージー★ライダー』を筆頭とするニュー・シネマ、バイカー映画への哀しいオマージュ。
     タランティーノが製作総指揮を努めたということもあり、リスペクトと画作りへの拘りは感じられるものの、何せ根幹部分である脚本や人物描写に難があり、単純な話をデタラメにややこしくしてしまっている。『キル・ビル』を想起させる……いや、そのもののカット割りやシークエンスもどこか安っぽい。会話シーンなんか『レザボア・ドッグス』まんまのシーンもあり、良くも悪くもタラの自己主張と自己満足が全面に出すぎている。

     ぶっちゃけた話、バイカー映画はもう流行らないのだろう。単車で郊外へ逃避行、という娯楽に取って代わる楽しみが現在には溢れかえっている。単車乗りだけが特別扱いされる謂れは最早無い。そんな概念的な話のみならず、本作は脚本作りの下手糞さが大きなネックになっている。時間軸の交差をフラッシュバックさせる手法と場面構成のせいで人物の名前や立ち位置が判り難く、対立するバイクチームの切った貼ったの単純な抗争劇であるはずなのに、そこに伴う脳内カロリー消費量が多大なものになってしまっている……主に状況描写を理解するというだけで、頭が疲弊してしまう。

    hellr2.jpg
    ただの抗争劇のはずが、本当に判り難い。

     バイク、ドラッグ、パツキンでボンキュッボンの姉ちゃん、と三拍子そろったボンクラっぷりはとても良かったし、暴力、残酷シーンも「おおっ」と思わせる描写がいくつかはあった。スコープで映し出される荒野に走るバイカーズ、そして一貫したエロス&バイオレンス……ここまでの優良な素材カードを持っておきながら、どうして出来たのがこのクソ判り難い脚本と場面構成なのか。リスペクト精神だけで良作は作れないという好例。自己満足にも二種類あって、これは悪い方の「自分以外は楽しめない自己満足」だ。

     単純に、敵チームとの闘いにもっと盛り上がりが欲しかった。変にカットしたり時間を飛ばしたりするものだから、いつの間にか敵チーム壊滅、というよくわからない描写に首を傾げてしまう。タランティーノが製作に絡んでいながら、何故そこをこんなおざなりな描写にしてしまったのか。
    パルプ・フィクション』で見せたタラのB級偏重主義は、そもそもが自己満足の結果の動的な映画作りに主張されていたように思う。本作のように、過去に送られつつあるジャンルの映画でこそその辣腕は発揮されるべきではなかったのか。しかし、哀しいことに本作ではその片鱗すら見ることはできない。
     
     個人的に言わせてもらえば、こういったニュー・シネマの遺産的な映画をこそ、最先端の、それこそリ・イマジネーションされた最新のものとして見せることが「B級」を愛する映画人に課せられた巨大な宿題であろうと思う。過去の映画を観たいのなら、過去の映画のビデオなりDVDを引っ張り出してくればいいだけの話で、新作として劇場公開するならば、やはり過去のジャンルとは言えど最先端のものを作る必要があると思う。「この斬新な映画があの旧作へのオマージュなのか!」という驚きをこそ我らは欲しているわけで、過去の遺物をそのまま、というか変な味付けをされて出されても我々は驚かない。いや、驚くかもしれないが、その驚きは侮蔑と等号のものである。
     本作に漂う雰囲気美人っぷりと過去のジャンルに対する感傷は決して悪いものではなかったが、やはり雰囲気には「質」が伴っていなければ駄目なのだな。でないと、空気と作品のギャップに目が行き過ぎて本来の主張は主張たり得なくなる。本当に残念だ。

    ヘルライド 無修正特別版 [DVD]
    ヘルライド 無修正特別版 [DVD]
    ワーナー・ホーム・ビデオ 2009-05-27
    売り上げランキング : 8784

    おすすめ平均 star
    star何も考えずに楽しむ
    starヘルライドライダーライド
    starコーマン不足

    Amazonで詳しく見る
    by G-Tools






    ランキングに参加中。クリックするとどこにモザイクがかかっていたのかやっと気付く!

    はてなポイントを送信する(IDは D1953ColdSummer です)

    web拍手(匿名でメッセージを送信できます)

    | 映画 | trackbacks:0 | TOP↑

    | PAGE-SELECT | NEXT